第36話 スパルタ式

 結果として言うなら、雹菜の推測はやはり正しかった。

 魔物を倒し、そして倒した魔物の体から吹き上がる魔力をどうにかして動かそうと努力すること十数回。

 ついに俺は、ゴブリンの魔力を動かすことに成功したのだ。

 さらにそれを自らの体に取り込んでいく。

 自分の魔力と同化させる、ということだったので、それを念頭に置きながら。

 他人の魔力を操る、という感覚それ自体が全く慣れないものである上、それを自分のものと同化させる、となると更にその感じは酷かった。

 まるで、水と油だ。

 混ざる感じなんて、全くしなかった。

 けれど、思い切りくっつけるようにしたり、粉々に砕いて混ぜたり、攪拌してみたり……ということを繰り返すと、魔物の魔力と自分の魔力を同化させる感覚が分かった。

 そしてそう思った瞬間に、すっとゴブリンの魔力は俺の魔力と完全に同化して、抵抗を失ったのだった。


「……どうかしら? さっきと比べて、体の感覚は。おかしくなったりしていない?」


 雹菜がおっかなびっくりという様子で俺にそう尋ねてくる。

 その表情は心配七割、好奇心三割、といった感じだ。

 まぁ、気持ちは分かる。

 彼女のような高位冒険者ですら、こんなことは初めてなのだというのだから。

 何が起こるのか知れたものではない。 

 それこそ、俺が急に凶暴化したり、魔物に変化したり、それどころかいきなり大爆発、なんてことも絶対にありえないとは言えないのだ。

 この場で観察してくれているだけで、大分ありがたい。

 ただ、そんな彼女の心配は、幸いなことに現実化することはないようだ。

 俺は言う。


「特に何の問題もないよ。強いて言うなら……ちょっと調子がよくなったような気がする、かな」


「それは、通常の冒険者が魔物の力を取り込んだときに起きる現象と同じね。身体能力や魔力が上昇して、そのことで調子が良い、と感じる。でも恒常的なものだから」


「なるほど……冒険者って言うのは、こうやって強くなっていくわけだ……まぁ、授業で教えられたことだけど、こうして自分で体感すると違うな」


「初めて経験すると、結構な感動があるわよね……あと、この現象は高校でもそれこそ習ってるだろうけど、ゲームから取って、分かりやすくレベルアップ、とか言ったりすることもあるわ。ただ、ゲームと違ってレベルが明確に上がったり測定できたりするわけじゃない。だから、どれくらい能力が伸びたかは、それこそ、単純に握力計とか使って体力測定するしか方法はないわね。でも、迷宮に何度も潜り、多くの魔物を倒した者ほど、そういった能力値が上昇してることははっきりしてるから。強くなるためには魔物を沢山倒せ、迷宮の底を目指せって言われるのは、そういう意味ね」


「……俺にも目指せるかな」


 今までは、スキルが無かったから不可能だとどこかで思ってた。

 けれど今なら……。

 雹菜は深く頷いて、


「目指せるわよ。それこそどこまでもね」


 と言ってくれた。

 それから、


「ただ、ちょっと見た限り、創が吸収できた魔物のエネルギーの量、普通より少ない気がするわ」

 

 と現実的な観測に基づく事実を口にする。

 それについては俺も気になっていたというか……。


「……ゴブリンから上がってきた魔力、全部は拾いきれなかったんだよな。あくまでも一部だけなんとか掴んだ感じというか」


「そうなのね……うーん、感覚が分からないから、なんとも言えないけど……もう少し何度か同じ事やってみましょうか? その方が分かることもあるでしょうし」


「……ハードだな」


 一匹ずつとは言え、すでに十匹以上ゴブリンを倒している。

 今日初めて、まともに迷宮の魔物と戦った俺からすると、キツいことこの上ない。

 けれど、雹菜は思った以上にスパルタなようだ。


「まだ余裕がありそうに見えるもの。本当に立てなくなるほどになったら、私が背負って帰ってあげるから安心して」


「……あぁ」


 別にそういう話じゃないんだが、と思ったがそこは黙っておくことにした。

 笑顔があまりにも眩しかったのもあるが、その瞳の奥には断ることを認めない圧力のようなものを感じたからだ。

 実際、彼女の言うように俺がぶっ倒れたとしても、雹菜なら余裕で俺を背負って帰れるだろう。

 彼女の腕力は、普通の人間を遙かに超えているのだから。

 しかたなく、俺は安心してゴブリン退治に戻っていく。


 そして、その後も数体のゴブリンを倒した俺。

 その結果分かったことは、意外な事実だった。


「……もしかして、創、魔物のエネルギー、毎回吸収できる?」


「そうみたい……だな?」

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