第35話 魔物のエネルギー

 それはまるで流れる演舞のような動きだった。

 何がかって、雹菜の戦う姿が、である。

 彼女は俺にゴブリンからエネルギーが吸収される様子を見せるために、ゴブリンと戦っているのだが、俺の時とは違って、狭い部屋の中に五体ほどいる。

 てっきり一匹ずつ倒していくつもりなのかと思っていたので俺はその方向で魔力を感知しようと探していたが、彼女は迷わず、複数体の気配がある方へと進んだ。


「大丈夫なのか?」


 そう尋ねる俺に、彼女は珍しく、少し自慢げな微笑みを見せて、


「忘れているかも知れないけれど、私はこれでB級冒険者なのよ? ゴブリン五体くらい、ものの数ではないわ」


 そう言い切った。

 俺からすれば、スキルを発動できるようになった今ですら、一体のゴブリンすらも恐ろしく感じるのに、高位冒険者になるとそんなものなのかと思った。

 実際、俺の心配などまるで無駄だったかのように、雹菜は次々とゴブリンの首をはねていき、そして最後の一体は脳天から真っ二つにしてその戦いを終えた。

 しかも、その間、一度たりともスキルを発動させることなく、だ。

 高位冒険者というものがどれほどまでに人間を辞めているかがこれでよく分かろうというものであった。


 とはいえ、ことの本題はそこにはないというか、戦いの見物それ自体が目的ではない。

 あくまでも、その後の現象を見せるためにこの虐殺は行われたのだ。

 雹菜が最後のゴブリンを倒して数秒も経たない内に、ふっとゴブリンの死体からモヤのようなものが吹き出してくる。

 あれこそが、魔物の持つ、魔力だ。

 魔力の形は様々だが、俺の経験からすると、あまり強力なものではないものは、濃度が薄いというか、気体のような感じを受ける。

 逆に強力なものは濃縮された液体のような感じが強くなる。

 たった今、雹菜が倒したゴブリンは、まさに迷宮に出現する魔物の中でも最弱に近い存在であるから、その魔力もまた、弱いというわけだ。

 その魔力がゴブリンから出てきた後、ふっと何かに引かれるように、雹菜に吸われていくのだ。

 妙な光景だった。

 この現象を、確かに俺は見たことがなかった。

 完全に魔力が雹菜に吸い込まれた後、それは彼女自身が持つ魔力と混ざり合って、その存在を同化させた。

 そして、雹菜は見せるべきものを見せたことを理解したようで、俺に話しかける。


「……どうだったかしら?」


「あぁ、確かに見たよ。これが魔物の持つ、エネルギーの吸収か」


「そういうことね。これを何度も繰り返して、冒険者は強くなっていく。スキルを身につけるのとまた違うというか……それに私の経験上、ある程度以上のスキルは、これを何度も経た後でないと身につけられないことが多いわ」


「そうなのか? でも、俺の同級生に《上級炎術》を身につけてる奴がいるけど」


「美佳さんのことね?」


 他人のスキルについては基本的に誰かに話すべきではない。 

 俺も話してはいないのだが、何故知っているかと言えば、冒険者学校に通う人間でも、有用なスキルを持っている人間のことは、大規模ギルドの中ではある程度、調査されるのだという。

 そのため、美佳が持つスキルのことを雹菜は知っているわけだ。

 美佳からするとたまったもんじゃないのではないか、と思うが、美佳に聞いてみるとわりとあっけらかんとした顔で、《炎天房》に内定してはいるけれど、そのうち大規模ギルドを回って就活は続けるつもりだし、そのうち《白王の静森》にも行くつもりだったから別に構わないと言っていた。

 まぁ、そうなったら確かにスキルについては調べられるわけだから同じと言えば同じなのだが。

 肝が太いな、我が幼なじみは、と思う。

 そんなことを考えながら、俺は雹菜に言う。


「あぁ。あいつの力のお陰で、俺はそれを使えたんだと思う」


「魔力の動きを覚えていたから、ね。それを考えると、美佳さんも私の命の恩人の一人だわ……そのうちお礼を言いたいけど、事情が事情だからどうしたものかしら」


 つまり、俺のことについてどの程度まで話したものか難しいと言うことだ。

 幼なじみに隠し事をしたくはないが、結構大それた話だ。

 知ってるだけでも危険になる可能性がある。

 今のところは、まだ話さない方がいいだろう、というのは分かる。

 ただ、美佳については……。


「あいつ、雹菜に会いたがってたから、会って話すだけでもいいんじゃないか?」


「そうなの?」


「結構ミーハーだからな……あわよくば友達になってくれればもっと喜ぶだろうな」


「そんなことでいいなら、是非に。それに打算じゃないけど、迷宮に潜る前から上位スキルを持っている美佳さんと伝手があるってのもいいわね」


「おぉ、意外に黒いな」


「そこまででもないけど……多分、お互いに利益があると思うのよね。属性が正反対だから、補えるところがあるから」


「そういえば、反対属性のスキルは身につけにくいって話だったな」


「えぇ、一般的にもそう言われているけど、前線で戦ってる冒険者の肌感覚とも一致するから、ほぼ間違いないと思う」


「そうか……ま、そういうことならよろしく頼む。で、だいぶずれたけど、魔物のエネルギーの吸収についてなんだが、なんで俺には発生しないんだろうな?」


「分からないけど……どういうものかは理解したでしょう? あのモヤみたいに見えるものを、自分の魔力と同化させる。それが出来れば、創にも同じ事が出来るんじゃない?」


「……というと……スキルを自分で発動させるときみたいに、魔力の吸収もやれないかって言ってるのか?」


「その通りよ。私、思うのよね。私たちが使ってるスキル……これがなんなのか、今はまだ分からないけど、なんとなく、私たちのはボタンを押したら決まった魔力の流れがするようになってて、創はそれを自分で全部やらなければいけない感じでしょう?」


「あぁ……魔物のエネルギーの吸収も、同じって?」


「そうかもしれないわね、って推測だけど。でも、試してみる価値、あるんじゃない?」

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