第32話 何が悪いのか

 《最下級身体強化》は、数多くの戦士系の冒険者が身につけているスキルで、ただ大体は魔力でなく闘気を使っている者の方が多い、というかほとんど大半がそうだ。

 冒険者の持つ不可視の力は魔力に限らない。

 魔力も闘気も精霊力も……とあらゆる力を持っている冒険者というのもいて、そういう奴こそが一般的には天才と呼ばれたりするな。

 まぁ、ほぼほぼいないのだが。

 いたとしても、最終的に大成せず、中途半端な実力で終わったりすることがほとんどなので、むしろ成長が難しいタイプかもしれなかった。

 翻って俺はどうかと言えば、少なくとも今は魔力しか使えない。

 今は、ということで今後は違うのかという話だが、闘気にしろ精霊力にしろ他の力にしろ、身につける条件が異なっているのでなんとも言えない、というのが正確なところだ。

 ともあれ、まぁそういうことなため、このスキルを俺が使おうとする場合、魔力によって同じことしなければならない訳だが、これが難しいのだよな……。


 《最下級身体強化》の具体的なやり方はこうだ。

 魔力を全身にサーキット状にして流して循環させる。

 理屈は簡単で、実際、そうしてる冒険者を目にしたとき、出来るのではないか、と思った。

 しかし、やってみてもうまくいかない。

 というか、発動しない。

 何故だ?

 理由がわからず、色々試してみたのだが……まぁダメだった。

 雹菜にそんなもの見せるのも、年頃の男子高校生として情けない気がしてくるが、彼女に情けないところを見せるのはもう既に通った道なのでまぁいいか、の精神で挑む。


 まず魔力を丹田から汲み取る。

 ここから魔力が生み出されているからだ。

 あくまでも俺の場合は、だけどな。

 高位の冒険者になってくると、体中から噴き出すように魔力が生産されている者もいる。

 街中でたまたまみたことがあるが、あの時は震えたな。

 一般人には何も感じ取れてないようで、そのことが却って異様だった。

 生み出した魔力を、縄状に加工し、そして体中に作った道に通していくようなイメージで流していく……そして、右腕から右足、左足、左腕と、体を一周するように流すのだ。

 そして、魔力の縄の突端が、始点である右腕まで到達すると同時に、俺は魔力の縄の先同士を繋げた。

 これで完成のはず……。

 しかし……。


「……ほらな。何も起こらない」


 やはり、スキルが発動することはなかった。

 俺には結局、スキルを使うことなんて出来ないのだろうか?

 これが今、唯一と言っていい希望なのに。

 そう思ってがっくり来た俺だが、雹菜はじっと俺の体を、というか体に流れる魔力の縄を観察し、そしてポツリと言った。


「……これ、少し流す速度遅くない?」


「え?」


「あくまでも比較なんだけど、前に見たことある《最下級身体強化》の魔力の流れる速度はもう少し早かった気がするから」


「速度か……そういえばそこまでこだわってなかったな」


 というか、客観的に見れないからこだわらなかった、が正しい。

 魔力は鏡に写らないんだよな……。

 テレビ越しにも分からない。

 ごく稀に、見えることもあるが大体が高位冒険者だから、ある程度以上の力がないと写らないのだと思う。

 もしかしたら他に理由があるかもしれないけど、考えてもわからないしこれは今はいいか。

 それよりも、まずは雹菜に言われたことを試そう。


 魔力の流れる速度ね……これくらいかな。

 感覚的に少し早めてみると、雹菜は、


「……今度はちょっと早いかも? あと全体に流れてる速度が一定じゃない」


「うーん……こんくらい?」


「今度はこの辺だけ遅いかな。ちょっと意識して」


 そんなことを三十分くらい繰り返す俺たち。

 そして、ついに……。


「お? おぉ……! なんだか、体が軽い!」


 そう、俺はスキル無しに《最下級身体強化》を発動させることに成功したのだった。

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