第27話 接敵

《新宿駅ダンジョン》の薄暗く湿った通路を、雹菜と共に進んでいく。

 隊列……と言えるほど人数もいないのだが、一応、B級冒険者である雹菜が前に立ち、俺はそれについて行く形だ。

 通路は比較的広く、二人なら十分に並んで歩ける程度の幅はあるのだけれど、もしもの時のことを考えてこういうことになった。

 俺としてもありがたかった。

 正直、この間の豚鬼将軍のことが軽いトラウマになっているのか、少し迷宮の中が怖かったからだ。

 まぁ、そこまで心の傷が、というほどではないつもりだけれど、いきなり最前に立つのはやめておいた方が良さそうだ、と自覚していた。

 そのことを雹菜に話すと、彼女はむしろ賞賛するように、


「……良い冒険者になれそうね」


 と言ってくる。


「どうしてだ? むしろ臆病で恥ずかしいくらいなんだけど」


 実際、多少はいいところを見せたい、という感情もあった。

 俺が雹菜ほどの冒険者に見せられるいいところ、なんて大して無いとは思うのだけどな。

 虚勢くらいは、と思わないでもないということだ。

 しかし、雹菜は首を横に振って言う。


「気にする必要ないわよ。臆病は、長く生き残る冒険者の条件だって言われてるくらいよ。すぐに死んでしまうのは、むしろ勇気があるタイプ。先んじて人よりも前に出て、その命を簡単に散らしてしまう……。もちろん、時にはそういう勇気を持つことも必要だけれど、普段はむしろ臆病なくらいがちょうどいいわ。生きてる限り、迷宮には何度だって挑戦できるのだから、ね」


 なるほど、と思う。

 高校でも、教師陣が口を酸っぱくしてその辺りについては繰り返し話すが、実際に迷宮に潜っている冒険者から聞くのは、現実味があって、教師達から聞くよりも深く心に染みこんでいくような気がした。

 もちろん、高校の教師陣だって現役の冒険者が多いのだけど、やはり授業優先になっているし、変にその力を振りかざしたりする者は少ないからな。

 舐められがちというか、そういうところがあるのだ。

 良くないことだけど、俺たちくらいの年齢の人間にはそういうところがありがちである。

 ともあれ、雹菜がそう言ってくれたので、俺は安心して彼女の後ろにくっついっていっている、というわけだ。

 そんな風にして迷宮をしばらく進んでいると……。


「……! 創、分かる……!?」


 と、いつもとは違って、小さくも鋭い雹菜の冒険者としての声が耳に届く。

 ほとんど囁き声なのは、聞かれるわけにはいかないからだ。

 何にか。

 簡単だ。

 この先にいる……。


「魔物だな……!」


「ええ。このくらいの気配なら、あまり強力な魔物ではないわね」


「ゴブリンとかスライム?」


「コボルトって可能性もあるわ。でも、どれであったとしても、最下級クラスでしょうね……準備は、いい?」


「あぁ、心構えだけはな……でも勝てるかって言われると、自信は……」


「無理でも、私が間に入るから。創はとにかく敵だけに集中していれば良いわ」


「……すまない。ありがとう」


「ううん。これくらいのこと、私がしてもらったことに比べたらなんでもないから。じゃあ、進みましょう」


「あぁ」


 *****


「……ゴブリンッ……!」


 通路の先には、少しだけ開けた部屋のような空間があり、そこに一体のゴブリンが存在していた。

 木製の棍棒を持ち、腰布だけ身に纏ったもの……最下級のゴブリンで間違いない。

 どうやら、何もしていないわけではなく、なんだか部屋の中をうろうろと歩き回っているようだった。

 周囲を警戒しているようで、俺たちの姿を発見すると、途端にその瞳がぎらりと光る。

 そして、


「……グゲゲッ!」


 そんな叫び声と共に、こちらにどたどたと走り寄って来た。


「創っ!」


「あぁ!」


 雹菜の合図に、俺は既に抜いている武器……《豚鬼将軍の黒剣》を構えてゴブリンに近づく。

 俺が果たして奴とやり合えるかどうかは、分からない。

 ただ、ここで立ち向かう勇気を持つべきであることは、流石の俺にも分かった。


「やってやる!」

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