第26話 迷宮の闇
「……いいから、どいて」
珍しく苛々とした態度を隠さずに、男を睨みあげる雹菜。
しかしそんな彼女に対して男の方は飄々としたもので、
「おいおい、ご挨拶だな……一緒のパーティーだった仲だろ? それにほら、この間の話もさ。考えてくれたか?」
そんなことを言ってくる。
雹菜は、
「考えるも何も、最初から断ってるでしょう。もう近づかないでくれる?」
「いやぁ、そんなこと言っちゃって。そこにいる弱そうな少年と潜るくらいなら、俺たちと一緒の方が……」
まだ男の話は続きそうだったが、雹菜は今度こそ、
「……行きましょう、創」
「あ、あぁ……」
そう言って男を避けて歩き出した。
流石に男の方も今度こそ立ち塞がったりせず、ただ後ろから、
「雹菜! 俺は諦めないからな!」
と不快な笑い声と共に叫んでいた。
*****
「……あいつ、なんだったんだ? 知り合いか?」
周囲に誰の気配もなくなったことを確認してから、俺は雹菜に尋ねる。
迷宮に入ってすぐのところには結構な数の冒険者たちの気配がしたから、色々と警戒して会話は慎んでいたのだ。
雹菜もそれを理解したようで、ため息を吐きつつ、答えてくれた。
「知り合い……とは言いたくないのだけれど、そうね。知り合いだわ。
「たった一回だけ? それだけであそこまで馴れ馴れしいのか。まぁ、その時馬が合ったって言うならおかしくは……」
「全然合わないわよ。それどころか、可能な限り関わり合いにならないようにしてたんだけどね。どうも目をつけられちゃったみたいで」
「……それはお気の毒に」
ただ、あの男の気持ちは分からないでもない。
これだけの美少女だ。
それだけでどれだけ遠くにいようと目に入ってしまう。
それに加えて冒険者としての実力はB級である。
知人になるだけでも価値がある、と考えたくはなるだろう。
「本当にね。でも、創も気をつけた方がいいわよ。申し訳ない話だけど、私と一緒にいるところを見られてしまったから、あいつ何してくるか分からないもの」
「でも迷宮の外でなんかしてきたら流石に捕まるだろ。いくら多少素行が悪くても、外では大人しく振る舞うしかないはずだ」
普通は、そうだ。
ただ、もう今後全てどうでもいいと振り切ってしまったやつについてはこの限りではない。
抑えに来るスキル持ち達がやってくるまでの間に、やりたい放題やってやる、まで決め切った奴については流石にどうしようもないからだ。
これは一般人でも同じことだけどな。
ただあの山野、という冒険者はそこまでではないような気がする。
むしろ狡猾そうというか、ぎりぎり咎められないラインを見極めているような。
実際、さっきだってもうそろそろ雹菜が爆発してもおかしくないな、というところで、ある意味鮮やかに引いたしな。
女性冒険者に対するセクハラ被害みたいなものは結構あるし、やり過ぎれば訴えられることを分かっての行動だろう。
まぁ、そもそもC級ならB級に腕力じゃ敵わないからそんな心配は雹菜にはないかも知れないが。
俺の言葉に雹菜も一応は頷いて、
「外についてはそうだと思うわ。でも……迷宮の中なら、その限りじゃない、でしょう? 高校でもそれくらい教えるわよね」
言外に彼女が伝えたいことは、分かった。
それはつまり、迷宮内で公然と行われていると聞く、迷宮内殺人のことだ。
これは、迷宮の中でのことは通常の方法では記録しようがないから、冒険者同士が殺し合いをしたとして、死人が出てもバレようがないという恐ろしい話である。
もちろん、誰が帰ってこないとか、そういうところから調べて、犯人が発見されることはあるが、その可能性はひどく低い。
死体すら迷宮では残らないのだ。
遺品も、ある程度の期間が過ぎれば影も形もなくなる。
完全犯罪が可能なのだった。
「まぁ……でも、雹菜と一緒にいる限り、襲ってきたりはしないだろ」
C級が何人いても、B級一人に敵わない。
それが当然の理屈のはずだ。
「だといいんだけどね……ま、心配して無駄ってこともないでしょう。注意していきましょう」
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