第25話 新宿駅ダンジョン入口

「……やっぱり中央東口側は混んでるわね。新南口の方に行きましょう」


 ちらっと見て、雹菜がそう言い、慣れた足取りで進んでいく。

 俺は彼女についていくのみだ。

 別に新宿駅に来たことがない、というわけではないけれど、ダンジョンの入り口となるとやはり俺には分からないところだ。

 あんまりそういう視点で駅を見ていなかったから。

 実際、中央東口の様子を改めて見ると、普通に待ち合わせなどをしている一般人の中に、武具を纏った冒険者と思しき者達もちらほらいる。

 もちろん、道端で抜いたりすれば強く罰せられるので、武器の類はしっかりと鞘にしまわれているが。

 それでも、意識的にか無意識的にかは分からないが、そういった冒険者達の近くから一般人は多少距離を取っているな。

 たまにニュースなどでも、冒険者暴走か、みたいな見出しを見ることはあるから、それを考えれば仕方のない話かもしれない。

 冒険者が暴れ出したら、一般人がどれだけ集まったとしても対応することが出来ない。

 警察などに所属しているスキル持ちが来るのを待つか、周囲の冒険者が力づくで止めるしかないのだ。

 この場合、そういった冒険者をたとえ殺してしまったとしても罪に問われることはない。

 何故かといえば、通常の人間同士での争いに適用される正当防衛の基準で考えることが難しいからだ。

 別枠ということだな。

 冒険者のみに適用される法律は数多く、その全貌を理解できている冒険者はそれほど多くはない。

 まぁ、基本的には常識的な行動をしていれば問題ないのだが……。

 そんなことを考えていると、新南口に着く。

 

「やっぱりこっちの方がまだ空いてるわね」


「多少は、な。まぁ新宿駅くらいになるとどこに行っても人はたくさんだし、仕方ないだろうけど」


「それはね。けど、冒険者は少ないわ。一般人がどれだけいるかは気にしてないの」


 言われてみると、確かに冒険者の格好をしている者達はこの辺にはあまりいない。


「なんでだ?」


 俺が首を傾げると、雹菜が答える。


「ここから入って一番近い《新宿駅ダンジョン》の入り口は、魔物の数が少ないのよ。宝箱とかもあんまり出ない傾向にあるの。だから……」


「旨味が少ないわけだ。でも俺たちにとっては悪くなさそうだな。厳密にいうなら、俺にとっては、だけど」


「そういうこと。その剣の試し切りだからね。低級のゴブリンやスライムしかいないけど、それで十分でしょう」


「……俺、どっちも学校の実習でなんとか倒せたレベルなんだけど、大丈夫かな……」


 冒険者を育成する高校には大抵、ダンジョンを模した施設がある。

 資金が潤沢だったり、エリートを育てるようなところは、本物のダンジョンがあったりもするけどな。

 うちの高校はそこまでではない。

 ただ、馬鹿にしたものではなく、しっかりと魔物が出現する。

 といっても本物のダンジョンのように湧出する、というわけじゃなくて、冒険者達が捕獲してきたものが配置されているだけだ。

 しっかりと教師の監視の元に戦うだけなので、正直言って微妙な気さえするが、ただ、それでも魔物達は本気で命を狙ってくるから真剣勝負になるのは間違いない。

 最悪のことが起こったらどうなるのか、だが、これについては各高校のそういう施設には、即死しない限り命を守ってくれる魔導具が設置されているので、死ぬ危険は実のところない。

 まぁ、温室、ということになるが、それでもやっぱり怖いものだから、全くの無駄というわけではないだろう。

 安全に実戦を行える、有用な施設というわけだな。

 で、大体のやつは三年生になる頃には最下級のゴブリンやスライム程度なら普通に倒せるようになっているものだが、俺の場合はな……。

 やはり、スキルゼロが効いてくる。

 そんな俺に、雹菜は言う。


「もしもの時は私が間に入るから、安心して。それに……多分大丈夫だと私は思う」


 妙に確信している風で、不思議だった俺は尋ねる。


「どうしてだ? 俺が豚鬼将軍を倒したからか?」


 自覚はないが、そうらしいから、そこに根拠を見出しているのかもと思っての言葉だった。

 これに雹菜は、


「それもあるけど……それだけじゃないというか、こればっかりは実際にやってみないと説明しにくいわ。ともかく、行きましょう」


「あ、あぁ……ん?」


 頷いて、迷宮入口はこの先、と書いてある扉を開くと、そこには少しだけ広めの部屋があった。

 迷宮の中というわけではなく、ここで冒険者が最後の確認をするための空間だな。

 こういった、駅地下迷宮には、いずれの入口にもこういうところがある。

 何組か先客がいるようで、それらをチラリとみた雹菜が顔を歪めた。


「……げっ」


 と、彼女には似つかわしくない声が漏れ、その後、部屋の中にいた冒険者達のグループのうちの一つが近寄ってくる。


「あっ、雹菜! こんなところで会えるとは、偶然だな!」


 だいぶチャラい雰囲気の二十代半ばと思しき男だった。

 雹菜はため息を吐いて、俺に、


「さっさと行きましょう」


 と言うが、男は雹菜の前に立ち塞がって、


「いやいや、話しかけてんじゃん。無視するなよ」


 と言った。


 

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