第24話 待ち合わせ
《白王の静森》ギルド訪問から数日後のこと。
新宿駅に降り立ち、俺はしばらく歩く。
というのも、今日は雹菜と約束したダンジョン攻略の当日だからだ。
本当なら、新宿駅構内で待ち合わせした方がいいのだが、雹菜の知名度を考えるとそれはやめておいた方がいいだろう、という結論になった。
雹菜自身はあんまり気にしている様子はなく、別に駅でも大丈夫だと言っていたが、佳織や慎に今日のことを話すとそれはよしておけ、どこか多少駅から離れた所の方がいい、とアドバイスされた。
それほど気を配らないとまずいか?
と思ったのだが、新宿駅から少しだけ離れたところにある、とある動物を象った銅像が立っている広場にたどり着くと、あぁ、なるほどなと思ってしまう。
少しは探したり電話をかけたりしながらどこにいるか探さないと合流はできないだろう、と考えていたが、その広場に着くと同時に、パッと一人の人物が目に入った。
少し青みがかった長い髪に、妖精のように整った顔立ち、高位冒険者であることが察せられる立派な武具に、それでいて、すごく自然体な立ち姿には誰もが視線を惹きつけられずにはいられない。
それこそが、俺の待ち合わせの相手、雹菜だった。
気づいたのは俺だけではなく、向こうもほぼ同時だったようで、俺の方を振り向くと同時に、冷たい氷のような印象を与えるその表情が、パッと穏やかで優しげな笑みに変わった。
その場の空気が変わったことが、冗談でなく分かる。
それだけの破壊力を持った表情だった。
雹菜はそして、俺の方にかけてきて、口を開く。
「結構早く来たわね?」
そうなのだ。
実のところ、今は待ち合わせ十五分前である。
雹菜を待たせるつもりなど、さらさらなく、むしろ俺の方が待っているべきとの考えに従って、通常より早めの時間に出た。
それこそ慎なんかと待ち合わせするときは、ちょうどピッタリ、とかむしろ少し遅れることすらお互いにあるタイプなのに。
まぁ、これも佳織や慎に強く言われたからなのだが、この様子だと二人の勧めは正解だったと思わざるを得ない。
「それは俺の台詞だよ……ちょっと待たせるくらいでも良かったんだぞ?」
もちろん、俺を、である。
これに雹菜は、
「うーん、私も五分十分前くらいに来るつもりだったんだけど、いざ今日になるとなんだか早く目が覚めちゃって。家にいても落ち着かなくて早めにきちゃったの」
「それはまたどうして?」
「どうしてだろ? あんまり友達と一緒に迷宮に、ってことがないからかな? もしかしたら初めてかも……」
「いつもはどうしてたんだよ」
「私、十歳くらいからギルドに所属してたから、お姉ちゃんとかその知り合いの人たちと一緒に迷宮に潜るのが普通だったんだよね。で、連れてってもらえる人たちがすごい人ばっかりだったから……それに追いつこうと思って努力したんだけど、そしたら同い年くらいの子たちとは実力が離れがちになっちゃって……だからこの年まで、あんまり同い年くらいの子と迷宮探索、なんてしたことがないの」
「なるほど……高位冒険者ならではの話だな。それにしても十歳から!? すごいな。やっぱりそれくらいの頃から英才教育あってこそのB級ってわけだ……」
「そんなに大した話でもないのよ? お姉ちゃんがいつも家で楽しそうに迷宮とかの話をするものだから。私も一回連れてって、ってなって、それが今までずっと続いてる感じ。お姉ちゃん、あれで結構、冒険者としての実力についてはシビアだから、ゴブリンくらいは倒せなければ無理だって言って、特訓に次ぐ特訓をね……」
「えぇ、意外だな……何というか、もっとアバウトな人だと思ってた」
「普段はね。迷宮に潜ると一変するから、怖いくらいよ。あとは自分の興味関心を惹かれるようなことに対してもその傾向があるわね……創もそうなる可能性があった」
「なんとかセーフで助かったよ……」
震えながら肩を抱く俺。
そんな風に他愛もない話をしていると、周囲から声が聞こえてくる。
「あれってもしかして……」「だよな、見たことある顔だなって思ってたんだよ」「雹菜ちゃんじゃね!?」
若者たちの視線が雹菜に向いている。
やっぱり本当に有名人なのだな、と察する。
中年以降と思しき人々は、一体誰なんだ、みたいな顔をしていることから、まぁ、やっぱり知名度は若者の間でのみ高い、くらいなのだろうが、それでも結構な人数だ。
よくないな、と思って俺は雹菜に言う。
「立ち話もなんだ。早速迷宮に行こうぜ」
「そうね……《新宿駅ダンジョン》は入り口が複数あるし、空いてるところから入りましょうか」
そうして俺たちは歩き出した。
幸い、昨今の若者というのはマナーがしっかりしているようで、急に雹菜に近づいたり話しかけてくるような輩はいなかった。
まぁ、そもそも雹菜は高位冒険者。
普通の芸能人とは違って、純粋に物理的に強力な力を持つ。
腕を掴んで骨を折られる、なんて可能性が普通にあるような存在だ。
いくら気になっても、そうそう近づこう、とはならないのかもしれない。
少なくとも、一般人から見れば。
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