第23話 提案

「……《刀剣鑑定》持ちに調べてもらったんだが、この剣の名前は《豚鬼将軍の黒剣》らしいよ。非常に珍しいというか、これが出たのは初めてだね」


 雪乃の言葉に、雹菜は驚いた表情で、


「えっ、そうなの?」


 と答える。

 この理由は俺も想像がつく。

 豚鬼将軍は確かにB級の魔物であるけれど、この国にはA級もS級も普通にいる。

 彼らが狩場にしているような階層では、普通に出現するような魔物であり、したがってドロップ品についてもそれなりに出ているものであるはず、だからだ。

 それなのに、非常に珍しいとは一体……。

 不思議そうなのが雹菜に限らず、俺もであることに気づいたらしい。

 雪乃はその点について説明してくれる。


「創くん。君も知っての通り、私のようなA級冒険者にもなると、豚鬼将軍くらいは普通に戦うし、ドロップ品もそれなりに手に入れてはいる」


「そうですよね。だったら珍しいなんてことは……」


「いや、これは非常に珍しいんだよ。というのは、通常の豚鬼将軍がドロップする武具で、刀剣類となると、《豚鬼将軍の剣》になるからね」


「あっ、黒剣っていうのが……」


「そうだよ。この剣は、剣身が漆黒に染まっている。通常の剣の方は、それこそその辺の剣のように銀色だからね。そこのところが珍しい理由だよ」


 俺は納得した。

 雹菜の方はといえば、


「これ自体の珍しさはわかったけど、どうして今回に限ってこれが出たのかしら?」


「色々と可能性は考えられるよ。元々、豚鬼将軍から低確率でドロップするが、今までその機会がなかった、というのが一番わかりやすいところだけど……今回の豚鬼将軍は《乗代ダンジョン》の低階層で出現した《特異個体》だからね。そういう場合にのみ、ドロップするということなのかもしれない。そうなると今後の検証が難しいんだけど……まさか人工的に同じ状況になるよう、ダンジョンを海嘯に導く、とかできるわけもないし」


 そんなことをすれば、その土地は魔境になってしまう可能性がある。

 ただ、理屈として、海嘯が起こった場合、《特異個体》が発生しやすいというのは確かだ。


「今後、同じようなことが起こることを願うくらいしかないわね……それで、その剣、貴重なのに返してくれてもいいの?」


「それはもちろん。冒険者の基本的なルールだからね。ドロップ品は、魔物を倒すのに最も貢献したものが手にする。迷宮から出てくる品は、全て見つけた人のもの。もちろん、税金とかは例外だけど」


「……わかったわ。じゃあ、受け取っておく」


「うん。あっ、鞘も作っておいたから渡しておくね。魔石も。それじゃ、私はこれで。創くんも、そのうちまた会えるといいね」


 雪乃代表はそう言って、手をひらひら振って部屋を出ていった。

 本当にそれだけが用事だっったようだ。

 しまった扉をしばらく睨みつつ、本当に気配が全く消えたことを確認してから、雹菜がため息をつく。


「……はー、びっくりしたぁ……」


 そんなことを言いながら。

 

「なんだ、お姉さんにそんなに会いたくなかったのか?」


「ううん、そうじゃなくて。お姉ちゃん、ものすごく勘が鋭いから……。創の特異性に気づくんじゃないかって、気が気じゃなかったのよ。なりたくないでしょう? お姉ちゃんのおもちゃ」


「……うーん、でも綺麗な人だったし」


 年頃の男子高校生としては悪くは……。

 と少し思った俺に、雹菜はデコピンしてくる。


「ばか。そんな楽しいことにはならないのよ? どっちかというと、実験体みたいな扱いになるわ。もちろん、日本じゃ人体実験とか出来ない建前だし、そこまでやばいことは流石のお姉ちゃんもやらないだろうけど、可能な範囲ギリギリを狙ってくるかもしれないわ」


「自らの姉に随分な言いようだな……」


「A級以上の冒険者っていうのは、どこかネジの外れたような人たちじゃないとなれないからね。お姉ちゃんは温厚な方だけど……でも、出来る限り知られない方がいい。正直、この剣と魔石も、創のものだって公言したいところだけど……どこからバレるかわからないからね。私が貸与してる、という建前でもいい?」


 それは意外な申し出だった。


「俺に渡してくれるのか?」


「だって、あの豚鬼将軍倒してたの、創だもの。魔石の方は……どこかで加工して使った方がいいけど、剣は普通に使えるでしょ?」


「いや、まぁ、ありがたいけど……俺には宝の持ち腐れなんじゃ。雹菜が使った方が……」


「私は細剣の方があってるのよ。これは長剣だからね……はい」


「お、おう……悪いな」


「そんなことないわ。お姉ちゃんも言ってたけど、ドロップ品は倒した人のものよ」


「そっか……そうだな。しかし、こういうの手にすると、使ってみたくなるなぁ」


「その気持ちは分かるわ。そうね……あっ、今度私と迷宮に行かない?」


 それは驚きの提案だった。

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