第22話 白宮雪乃

「お、お姉ちゃん……!?」


 そう言って、驚愕に目を見開いたのは雹菜だった。

 俺は俺で驚いたのはもちろんだが、雹菜の姉だというのなら、彼女こそが《白王の静森》の代表の一人、白宮雪乃だろう。

 確かに顔には見覚えがある。

 こうして見ると、雹菜とよく似ているが、持っている雰囲気がまるで違っていて、だからこそ、この顔を知っていても雹菜を彼女の妹だと認識出来なかったのだろう。

 そんな雪乃代表は雹菜を超えた実力を持つ冒険者であり、いわゆる通常の冒険者の最高位に当たるA級である。

 それよりもさらに上にS級があるが、これはほとんど名誉職に近いというか、日本でも七人しかいない。

 もちろん、強さもA級よりもさらに上であるらしいのだが、彼らの戦いというのは一般人の目に触れることはまずない。

 秘匿しているとかではなく、地上でその力を使ってしまうと街の一つや二つ簡単に破壊してしまうためだ。

 軽いウォーミングアップくらいの映像はたまにテレビでやっていたりするが、それくらいだとA級B級とさして違いがないように見えてしまう。

 だから、一般人もS級を恐れたりはしていない。

 だが、俺のようにしっかりと冒険者として専門的な教育を受けてきた者からすれば、一つランクが違うだけで十倍も実力に差があることはザラであることが分かっている。

 A級ですら災害クラスと言ってもいいだけの力を持っているのに、それのさらに十倍となったらどうなってしまうか。

 俺はS級が恐ろしい。

 一般人はそういうことを知らないというのは、幸せなのかもしれないとすら思う。

 それに比べれはA級はまだおとなしい方ということになるが、それでもこの距離にいて、何の気配も感じられないことはその実力の一端を感じさせる。

 魔力が俺の目には見えてはいるものの、体の深いところに強力な圧力で押し込められているようだ。

 まるでブラックホールのように見えるその部分に、どれだけの力が宿っているのか……。

 そんなことを考える俺を後目に、雪乃代表は妹に話しかける。


「こんにちは、雹菜。そんなに驚いてどうしたの? せっかくお姉ちゃんが会いに来てあげたのに」


 かなりおどけた口調というか、軽薄に聞こえる話し方をする人だな、という感じがした。

 雹菜の方は落ち着いている丁寧な言葉遣いの方が多いから、やはり姉妹に見えないが、顔立ちはそっくりである。


「それは……驚くわよ。だって、お姉ちゃんがここにいるって、受付の人たちも特に言わなかったし……」


「あぁ、それは仕方がないね。私、さっきここに来たから。で、受付で雹菜が来てるって聞いたから、場所を訪ねてここまで登って来たんだよ。渡すものもあったことだし」


「渡すもの?」


「うん……まぁ、それはともかく、こっちの彼は? もしかして雹菜の彼氏?」


「そっ……そんなわけないじゃない!」


 雹菜は少し顔を赤くして、大声で否定する。

 ……そこまで強硬に否定しなくてもいいじゃないか、と思春期の男子高校生としては思わないでもなかったが、雹菜も思春期の女子高生として、姉にそんなことを言われるとこう言い返したくなるのだろうということは理解できたので、特に不満は口にせず、ことの推移を見守る。


「おっ? これは初めての反応……意外に脈アリかもしれないよ、君」


 雪乃代表はそう言って、俺の肩をポンと叩く。


「えっ、あ、いや……」


 慌てた俺だが、雪乃代表はそのままの流れで、


「で、君の名前は?」


 と軽く尋ねてきたので素直に答える。


「天沢創と言います。冒険者高校に通ってる就活生で……」


「なるほど、創くんというのか。就活生ね。だからここに……それで、結果の方はどうだったんだい?」


 これに俺が答えようとした時、雹菜がそれを奪って、


「それより、渡したいものって何よ?」


 と話を変えた。

 多分、俺の結果を雪乃代表に教えたくなかったのだろう。

 少し不自然な気もしたが、雪乃代表としてはあんまり気にならなかったようだ。

 まぁ、高校三年の測定結果なんて、こんな大規模ギルドの代表には大した話でもないだろう。

 雪乃代表は言う。


「あぁ、そうだったそうだった。これだよこれ」


 そう言って、虚空に手を伸ばすと、驚くべきことにその部分の空間に亀裂が走る。

 雪乃代表はそこに手を突っ込んで、何かを取り出した。


「あっ、それって……あの時の、剣?」


 雹菜は特に驚かずにそう尋ねた。

 雪乃代表は頷いて答える。


「あぁ、豚鬼将軍が落としたというドロップ品だね。呪いがかかっていないかどうか調べてみたんだが、大丈夫そうだからね。渡しておこうと思って。魔石もついでに持ってきたよ」

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