第19話 東京駅前
「……ここが《白王の静森》のギルドビルか……」
俺が東京駅前にある、その高いビルの前で呆けていると、雹菜が笑って、
「そんなに見上げるように見なくてもいいじゃない。ここは支部なんだし」
「だけど、建物としてはここが一番でかいんだろ?」
「それはね。本部があるのは八王子の方だから……」
そう、意外にも《白王の静森》のギルド本部は八王子市にあるのだった。
東京駅前にあるこの巨大なビルはあくまでも支部であり……まぁ、でもこの辺りには結構、大規模ギルドのギルドビルが密集しているからおかしくはない。
密集している、と言っても目と鼻の先にあるとまで言えるほどではなく、少し離れた位置にあるけどな。
それは、冒険者ギルドというのはいずれも縄張り意識が強く、また武力という意味でも一般人からは遥かにかけ離れた能力を持っているため、ぶつかり合いを避けるためだ。
それなのにどうして同じ駅前にギルドビルなんて立っているんだ、ということになるだろうが、それにはしっかりとした理由がある。
《迷宮》の存在だ。
東京駅の地下には、迷宮がある。
これは何も東京駅に限ったことではなく、新宿駅や大阪駅、横浜駅や名古屋駅なんかにもあったりする。
何故そんなに駅にばかり《迷宮》ができるんだ、ふざけているのか、と言いたくなるところだが、これには簡単な理由がある。
《迷宮》は地下に出現しやすいのだ。
地下鉄を通すなどの関係で、既に地下を掘削されていることが多い駅地下には、《迷宮》が出現しやすいのである。
しかも、地下深くに行けば行くほど、大規模な《迷宮》が生まれやすい傾向にあることも分かっていた。
とは言っても、人為的に生むのは難しいようだが。
アメリカとかロシアが、巨大かつ大深度の穴を掘って、どうにか人工的な《迷宮》を発生させられないか大規模な実験を何度か行っているが、いずれもうまくいかなかった。
やはり、《迷宮》は駅地下に発生する。
これには、人間が大量に集積する必要があるとか、そこでしっかりと生活が営まれていなければいけないとか、色々な仮説が唱えられているが、まだはっきりとは分かっていない。
ただ、人間にとって手厳しいことに、人口密集地で、かつ活気のある場所の地下には確かに《迷宮》が生まれやすいのは確かだった。
そうではないところには絶対生まれない、というわけでもないけれどな。
《乗代ダンジョン》なんかは、人口密集地でもなければ大深度地下でもないから。
あくまでも、生まれやすい条件の一つ、というだけだ。
ともあれ、東京駅地下のダンジョンは、《東京大迷宮》と言われており、数多くの冒険者たちがその攻略に挑んでいる有名な《迷宮》の一つだ。
大規模ギルドも当然その例に漏れず、多くの高位冒険者たちを最前線に送り込んで、攻略しようと頑張っている。
そんな彼らを支援するために、各ギルドのギルドビルがここにはある。
他の駅地下ダンジョンに行くにも東京駅からなら便利だしな。
大体のギルドだと、新宿や渋谷にもそれなりの大きさのギルド建物を構えていることが大半であった。
ちなみに、地価とか気になってくるところだが、冒険者が《迷宮》を攻略しなければいずれ、《迷宮》から魔物が溢れ出してくる《海嘯》の危険があるため、《迷宮》攻略のために置かれた拠点については固定資産税などがかからなかったりする優遇税制が取られている。
これについては俺も学校で学んだ。
冒険者は結構税金的には有利なのだ。
所得税や住民税など、全て合わせても総所得の二割くらいが限度になっている。
これは冒険者がその命を賭けて日夜魔物と対峙する職業であるから、意外に批難の対象にはなっていない。
まぁ、全くのゼロではないけどな。
マスコミでは毎日、怨嗟を生み出そうと必死で非難しようとしているのは分かる。
でも、国民もそこまで馬鹿じゃないからな……というか、実際に日本国内にも魔境などが出来てしまっているため、冒険者がいなければ問題だというのは大抵の人間は骨身に染みて分かっているのだ。
そんなわけで、ここにある《白王の静森》のギルドビルも、そんな《東京大迷宮》攻略のためのギルドビル、ということになる。
「さぁ、創。入るわよ」
特に何の気負いもなく、ギルドビルの入り口に向かう雹菜。
俺は、
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
そんなことを言いつつ、彼女の後を追った。
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