第18話 学校

「……あぁ、疲れた」


 次の日の放課後、俺は学校の昇降口で靴を履き替えながら、そんなことを呟いていた。

 

「ははっ。仕方ないだろ。みんな心配してたんだ……それに、ソロで迷宮もぐったりなんて、意外にみんなまだやってない奴らばっかりだからな。それでさらに豚鬼将軍に遭遇して生きて帰ってきた、なんて話になったら、そりゃ話を聞くために群がるって」


 慎が鞄を頭の上から後ろ手にしながら、そんなことを笑いながら言う。


「それもあったけど、それだけだったら大したことなかっただろうが。お前が雹菜の名前を出すから……話には聞いてたが、マジで人気者なんだな、あの子」


 俺が皆から、迷宮のことや豚鬼将軍のこと、そしてどうやった助かったのかを、雹菜の名前を出来る限り出さないように、ぼやかしながら話していたのに、慎はポロっと雹菜の名前を口にしてしまったのだ。

 それまでは俺のところに人が集まってきてる、と言っても、それはこれから就職が決まったギルドでの研修で迷宮に潜る予定がある奴だったり、強力な魔物に運悪く遭遇してしまったときにうまく対処する方法を知りたいと考える勤勉な奴くらいだけだったが、そこからはクラスの人間ほとんどが集まりだして大変なことになった。

 それに、話した時間帯も悪かった。

 学校に俺が登校してきて、すぐに知り合いたちが集まってきたのでそこで色々説明することになったのだが、そこで全てばれてしまったものだから……休み時間毎に倍倍ゲームのように集まる人数が増えていったのだ。

 最後には一年まで来ていたくらいである。

 というか、一年の方が雹菜には詳しかったな。

 やはり若いと情報量が違うのだろう。

 で、もみくちゃにされながら、なんとか一日を終えた俺である。

 これで家に帰ってゆっくり出来る……と思っていたのだが、


「……ん? なんだ、人だかりが……」


 昇降口から出て、校門に向かうと、どうもその辺りに妙な人だかりが出来ていることを慎が確認し、そう呟いた。

 俺もそれを見て、


「どうしたんだろうな? なんか事故でも……」


 そう言った瞬間、ザッ!ともの凄い勢いで人だかりがモーセの海割りの如く、開かれていく。

 そしてそこの空間をかけてきたのは……。


「遅かったわね……? 待ってたのよ……創」


 青みがかった美しい髪に、現実離れしているほどに整った顔立ちをしている少女がそこにいた。

 少しばかり疲れている表情なのは、多くの人に囲まれていたからだろうか。

 有名人なら慣れていそうだが、そうでもない雰囲気なのは控えめな彼女らしいように思えた。


「……雹菜。なんでここに……」


「なんでって、昨日言ったじゃない。うちのギルドに……」


 と、そこまで言った後、慎が聞いていることに気付いて言葉を止めた。 

 再測定する、と言ったら何か力を得たのか、とかそういう話になるから気を遣ったのだろう。

 別に俺がスキルを得られれば、慎は喜んでくれるだろうが、逆に何もなかった場合に余計な期待をさせることになる。

 だからこその配慮だ。

 ありがたかった。

 その辺りを細かく感じ取ったかはともかく、なんとなく自分には聞かせられない話があるらしい、と理解したらしい慎は、


「おっと、俺は邪魔みたいだな。ってか雹菜さんのギルドに行くのか? だったら今日は俺一人で帰るぜ」


 と気を遣って言ってくれる。

 これに俺は、


「悪いな。約束してたんだ。今日って決めてたわけじゃないが……」


 そう言うと、雹菜が申し訳なさそうに、


「……ごめんなさい。いつ時間が取れるか分からなくて、予定が開けられそうだと分かってすぐにここに来たの。ちゃんと先に連絡しておくべきだったわね……あ、メッセのID教えておくから。慎くんも」


「えっ、お、俺もいいんですか!?」


「というか、敬語も要らないわよ? 同い年なんだから」


「おぉ……ありがたいです、いや、ありがたい。雹菜さん、あの……」


 IDを交換しつつ、慎がおずおずと何かを言い足そうにする

 雹菜は首を傾げて尋ねる。


「何かしら?」


 そして、慎は、


「こいつのこと、どうか、よろしくお願いします」


 そう言って深く頭を下げた。

 雹菜は、慌てて、


「そ、そんな……頭を上げて。でも……あなたの気持ちは分かったわ。創はいい友達がいるのね」


「そうだな……でも、もう俺たちも友達だろ? 慎も。なぁ?」


 そういうと、慎は頷いて、


「雹菜さんさえよければ、な」


 そう言った。

 雹菜は少し目を丸くしてから、くすくすと微笑み、


「……もちろん、嬉しいわ。ありがとう」


 そう言ったのだった。

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