第17話 論理的帰結

「……さて、この辺りまで来ればいいわね」


 俺たちは家を出て、それからしばらく歩き、近所の河川敷まで辿り着いていた。

 今日は空が晴れていて、月も見えないからか星空が美しかった。 

 見上げる雹菜の顔はどことなく機嫌良さげで、そんなに俺の退院パーティー楽しかったのかな?とちょっと思ったりした。

 しかしそれよりも……。


「こんなに遠くまで来る必要あったのか? まぁ歩いて五分ではあるけど、俺の部屋でも良かったような」


 我が家は一軒家だ。

 両親が俺の将来のニート生活を予期して馬車馬の如く働いてくれた為に、それくらいの金額は余裕で貯められたのかもしれない。

 考えてみれば自分達に対する贅沢をあんまりしない人たちだ。

 家も俺に資産として残すつもりで買ったのかもしれない、と考えるとなんだか申し訳なくなる。

 というか俺はそこまで信用ないのか……まぁ冒険者っていうのはやくざな商売だし、そんなものになろうとする時点で微妙かもしれない。

 ただ、現代社会ではかなり認められてきている職業でもあるのだが、その辺はまだ途上ということなのかもしれないな。

 ともあれ、俺の質問に雹菜は、


「あったのよ。別に私のためってわけじゃないのよ? 貴方のため」


「俺の?」


「そう……とりあえず、最初にこれを言っておかなくちゃね」


「ええと……?」


 何か言われるようなことに心当たりがないか探してみたが、何もなかった。

 そして考え込んでいた俺に、雹菜は驚くべきことを言う。


「……どうも、ありがとう」


「え?」


「私の命を助けてくれて、本当にありがとう。貴方がいなければ、私はきっと死んでいた。こうしてこんな風にいられるのは、全部貴方のおかげ。貴方は覚えてないっていうけれど……あれは確かに貴方の力だったから。だから……」


 そう言って頭を下げる、雹菜。

 俺は慌てて彼女の肩に触れ、顔を上げさせようとするが、深すぎるお辞儀で中々上がらない。

 そして……。


「あっ……」


「おっと、ごめん……」


 結構乱暴に顔を上げさせたのと、距離が近づきすぎていたゆえに、俺と雹菜の顔がほぼ触れ合いそうなほどに近づいて、驚く。

 一瞬、視線が交錯して、綺麗な吸い込まれそうな瞳に魅了されそうになるも、自制心を利かせて離れた。

 男子高校生にこれはきついよ……と心底思った俺だった。

 耐えた自分に拍手を送りたかった。

 まぁ、何かしてしまっていたら、次の瞬間命を失っていた可能性すらあったというのもあるが。

 雹菜はB級冒険者。

 その気になれば岩をも余裕で砕けるくらいの力を持っている。

 俺の命など彼女の前では風前の灯なのだった……。

 ともあれ、今大事なのはそれじゃないか。

 俺は彼女に尋ねる。


「そ、それより!」


「う、うん……」


「さっきの……どういうことだ? 聞き違いじゃなければ、俺が雹菜を助けたみたいなこと言ってたけど……」


 これに気を取り直して、雹菜は言う。


「聞き違いではないわ。《乗代ダンジョン》で、豚鬼将軍に襲われて、逃げていた私を、貴方が助けてくれた。そう言っているのよ」


「誰が?」


「貴方が」


「誰を?」


「私を」


「……いやいやいや、ありえないって。俺はスキルゼロだぞ!? それで、雹菜はB級……一体どうやって助けるんだよ!」


 これは心からの声だった。

 どう考えてもありえない。

 確かにあの時のことはほとんど何も覚えていない。

 意識朦朧として、雹菜に向かって豚鬼将軍が一撃を加えようとしていたところはなんとなく記憶にあるのだが、それ以上は……。

 否定する俺に、雹菜は一つずつ、噛み砕くように言う。


「詳しいことは、私にも分からない。でも、これは間違いないことなの。あの時、貴方が、多分だけど《上級炎術》スキルを発動させた。その火炎の力で、豚鬼将軍は倒れることになったわ。私は氷雪系スキルが主体だし、炎術系統は生活魔術系統しか覚えてない。それじゃどう頑張ってもあんな威力は出せないし、必然的に貴方が使った力、と言うことになる……」


「でも俺は……本当にスキルが何もないんだよ……」


「嘘をついているようでもないし、そんな性格でもなさそうなのは、短い間しか接してないけどわかるつもり。でも、あの時見たことを、私は冒険者として否定することが出来ない。あの場所には私と貴方しかいなかった。私は豚鬼将軍を倒してない。だから、貴方が倒した。わかりやすい話でしょう?」


「論理的に言うとそうなのかもしれないけど……」


「不思議なのは私も同じ。でも……あれが貴方の力だと言うのなら、スキルがゼロというのは、何かの間違いなんじゃないのかしら? もしそうなら、もう一度調べ直してみてもいいと思うの」


「って言ってもなぁ。結構スキル測定はいい値段するから……バイトもしてない俺にはちょっと厳しい……」


 もしかしたら才能が見つかりそうなのに、世知辛い話だった。

 来月のお小遣い、母に前借りをねだってみるか……?

 そんなことを考える俺に、雹菜は少し考えてから言った。


「……それなら、うちに来る?」


「え?」


「うちのギルド。スキル測定なら無料で出来るわよ」

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