第12話 首相官邸

 テレビもない部屋に入院していたはじめは全く知りようもないことだったが、その頃、日本、特に霞ヶ関周辺は大変な混乱に陥っていた。


「……それは本当の話なのかね?」


 現在の日本の総理大臣、平賀慶次ひらがけいじがツカツカと首相官邸を忙しげに歩きながら、冒険者省大臣、三笠治みかさおさむの報告を聞いていた。

 平賀総理大臣は現在五十歳であり、中年も半ばに差し掛かった年齢だが、総理大臣としてはかなりの若手だ。

 それでも首相として選ばれているのは、近年の国家情勢……特に迷宮や魔物、魔境などについての厳しい状況から、ある程度若手でなければ厳しいこと、また若い頃は迷宮に潜っていた、最初期の冒険者としての経験に期待されてのことだ。

 迷宮関係については、三十年前に出現してから、数多くの発見があり、冗談でなくそこで何を得られるかが世界的に優位に立てるかどうかの基準になっているほどだ。

 それに詳しい政治家といえば、自ずと少数になり、しかも総理になれるほどの器をとなるとほとんどいない。

 つまりは妥当な人選であった。

 三笠治についても同様で、彼は元々は高位冒険者であったが、平賀との関係で政治の道へと進むことになり、そして今では冒険者省の大臣になっている。

 冒険者省大臣といえば、国土交通省大臣や財務省大臣と並ぶ重要ポストの一つとされ、その利権は幅広く及ぶとされる。

 そのため、官庁再編によって創設された当時はなろうとするものが後を絶たなかった。

 けれど、結果として政治力によって冒険者省大臣の地位に登ったものは、その全員が最終的に自ら辞することになった。

 というのも、冒険者というのは政治や権力ではなく、何よりも腕っ節をこそ重視する者たちばかりで、普通の政治家にはとてもではないが勤めることが出来ない職責だったからだ。

 特に、最近では落ち着いているものの、創設当時は世界的に迷宮や魔物の出現に混乱していた上、魔境まで出来始ていたのだ。

 それらの危険に対応するためには、ただ椅子の上にふんぞり返って指示していればそれでいいわけもなく、次々に現場への確認に駆り出されることになった。

 その結果として、冒険者たちと比べて遥かに体力に劣る政治家たちは幾度となく死の危険にされされることになり、そしてせっかく得た地位を自ら捨てざるを得なくなったのだ。

 このことは今では笑い話として語られているが、しかし、だからこそ普通の政治家では務まらないということもよく理解され、所詮は冒険者からのたたき上げにすぎない、と見られがちな三笠がその地位についていても誰も文句を言うものはいない。

 文句をつけて、じゃあお前がやってみろと言われたら困るからだ。


 しかし今、そんな豪傑の三笠ですらも冷や汗をかいて、平賀首相に報告をしていた。

 この異常を、平賀も理解せずにはいられなかった。

 それは相当なことなのだ、と。

 つまり……。


「はい。例の《ボード》にそのことがしっかりと記載されています。それに加えて、《預言オラクル》のスキルを持つ者たちもほぼ同じ言葉を聞いたそうです」


「……そうか。しかし、《オリジン》だと? それは一体なんなんだ?」


「分かりません。《ボード》にはそれについて詳しい説明はありませんでした。しかし《この世界に初めて《オリジン》が生まれました。これに伴い、制限されていた権限が解放されます。またステータスプレートも有効化されます。これ以上の権限解放は《オリジン》の成長段階に連動します》とだけ。今までの《ボード》記載からの猶予を考えますと……およそ一週間後にはその《権限解放》とやらがなされるものかと」


「……はぁ、あの《ボード》が十五年ぶりに書き足されたかと思えば、そのようによくわからん内容とは」


「同感ですが、今までの記載から考えても、その記載が現実になった際には冒険者たちには《なんとなく》使い方がわかるものかと。《オリジン》という言葉の意味については正直微妙ですが、ステータスプレート、というものについては想像もつきます。スキルについても、初めはそうでした。首相も経験がおありでしょう?」


「あぁ、覚えているとも。初めてスキルがこの身に宿った時の妙な感覚を……。ただ、そういうことなら、会見を開かねばなるまいな。《ボード》については各国の機密事項だ。《預言オラクル》持ちたちの話として記者たちには伝えるよう、官僚たちには原稿起案を指示しておけ。官房長官にも余計な質問はうまく流すように言っておかなければな」


「はい」

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