第10話 知らない天井

「……う、ここ、は……?」


 俺は確か……そうだ。

 《乗代ダンジョン》で……。


「豚鬼将軍は……っ!?」


 カッ、と目を開いて起き上がると、そこは……。


「……病院、か?」


 周囲には真っ白い壁と天井が広がっている。

 俺の腕には点滴が繋がれていて、ぽたりぽたりと遅めのテンポでなんらかの薬が落ちていた。

 それ以外には特に大袈裟なことはなさそうだ。

 複雑怪奇な機械にチューブが繋がれてるとか、心電図を取られているとか、足がサイボーグ化しているとかそういう異常は見られない。

 これはどうやら……。


「助かった、かぁ……」


 そういうことらしい、と理解して、やっと俺はほっとし、ベッドにぼふり、と埋まったのだった。

 それからしばらくぼんやりしていると、病室の扉がガラリと開かれる。

 そこから現れたのは、


「お、お兄、ちゃん……!? お兄ちゃん、目が覚めたの!? 大丈夫? どこかおかしなところはない!? 何も異常は……」


 そんなことを言いながら俺の体を調べようとする、妹の佳織の姿だった。

 御年十五歳、受験勉強真っ最中のはずなのだが、こんなところにどうして……。

 そんな疑問を俺は顔に浮かべていたらしい。

 佳織はため息をついて、


「お兄ちゃん、私は心配してきたんだよ……。というか、朝までお母さんとお父さんもいたよ。でも、流石に仕事があるし、お兄ちゃんの容体も安定してきたから、命の危険はないだろうって聞いて、仕事に行ったの」


 ここ数年で、俺に対して最も長いセリフを喋った妹である。

 俺は驚いて、


「お前……病気か?」


「なんでさっ!」


「いやだって、反抗期で俺とはほとんど喋ろうとしてなかっただろ……」


「……それは……。まぁいいじゃない。もう話してるんだから」


「そう言われるとそうか? うーん、まぁいいか」


 何かはぐらかされている感じは、する。

 するけど可愛い妹のことだ。 

 あんまり追及しないでやるのが、いい兄というものだろう。

 それに大した理由もなさそうだしな……多分。


「……お兄ちゃんが単純な人でよかったよ」


 ぼそり、と佳織が何か言ったが、いまいち聞こえなかった。

 

「まぁ、それはともかく、なんで俺はこんなところにいるんだ? 《乗代ダンジョン》に潜ってたところまでは覚えてるんだけど、その後の記憶が曖昧でさ」


 なんかしたような気もするが、そもそも俺にはスキルも何もない。

 何ができたとも思えないし、実際気絶してるんだから何も出来なかったのだろう。

 やはりスキルなしには豚鬼将軍のウォークライはきつすぎたよ……。

 そんな俺の情けなさを知らない佳織は俺に言う。


「魔物と戦ってたのは?」


「戦ってたって言えるかどうか微妙だが、豚鬼将軍に襲われてたのは覚えてるな。で……そうだ、あの女の子は……」


 一体あの子は助かったのかどうか、気になった。

 それに対して佳織はすぐに、


「女の子って雹菜はくなさんのこと?」


 そう言ってくる。


「名前はわからないけど、豚鬼将軍と戦ってた子のことを言ってるなら、そうだ」


「それなら……気絶してどうしようもなくなってたお兄ちゃんを外まで連れてきてくれたのは雹菜さんだよ。救急車もちゃんと呼んでくれた上、一緒に乗ってくれて。で、私たちに連絡をくれたの。お兄ちゃんが助かったのはあの人のお陰なんだよ」


 意外な話だった。

 と、同時になるほど、そういうことなら助かった理由にも納得がいく。

 どういう経緯を辿ったのか分からないが、あの女の子がどうにか豚鬼将軍を倒して、その後俺のことも助けてくれたんだろう。


「そうだったのか……お礼を言いたいところだけど、もういないんだな」


「うん。すごく忙しい人だからね」


「あれだけ強い冒険者ならそうだろうなぁ」


 あれくらい強ければ、B級以上だろう。

 スキルの特殊性からA級である可能性もある。

 そう思って呟いた俺に、佳織は首を大きく傾げて、


「……あれ? お兄ちゃん知らないの、もしかして」


 そんなことを言ってきた。


「知らないって何が?」


 俺がボヘっとした顔でそう聞き返すと、佳織はそのくりくりした目を大きく見開いてから後退り、そして軽蔑するような声色で言った。


「《白王の静森》の姫、白宮雹菜を知らないなんて……!? SNSとか動画サイトとか見ないの!? 時代から取り残されているの!?」

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