第9話 状況
「……一体、何が起こったの……?」
迷宮の《安全地帯》、煙が徐々に晴れていく中で私は思わずそう呟く。
先ほどまでの信じられないほどの熱気も強く満ちていたが、それすらもまるで夢だったかのように引いていった。
こんな閉じられた空間で、生じた煙や熱が一体どこに逃げていくのかはまるでわからないが、迷宮はそもそも人類の科学力ではろくに解明できていない場所だ。
私にもそれはよく分からない。
ただ、今それ以上によく分からないのは、一体今、何が起こったのかだ。
私は確かに、豚鬼将軍と戦っていて、その攻撃を受けてまるで身動きが出来なくなっていた。
助けようとした男の子も、豚鬼将軍のウォークライによって体の動きを完全に封じられいて……でも、彼はそれが解けると同時に敵うはずもないだろう相手に、勇気を持って剣で切り掛かってくれた。
そこまではしっかりと見ていた。
そして予想通り、吹き飛ばされて、私よりも大きなダメージを受けて、崩れ落ちた。
彼の行為を愚かだとは思わない。
英雄的な行為だ。
自分が絶対に勝てないだろう相手に立ち向かうことがどれだけ難しいことか、私はよく知っていた。
私は豚鬼将軍に立ち向かってはいたけれど、あくまでも勝てる可能性はわずかながらにでも、あると思っていたからできた事だ。
けど、彼にとっては……スキルの気配一つ感じられない彼にとっては、どんな奇跡が起ころうとも敵わない。
そんな相手であったはずだ。
それなのに、彼は立ち向かってくれた。
私のために。
……は、言い過ぎかもしれないが、彼の矜持のために立ち向かったのだと思う。
でも、戦いというのものは、最終的に運が左右することは正しいとは言っても、そもそも自力の差を覆すことは基本的に出来ない。
だから、彼の敗北は当たり前で、その後に起こること……豚鬼将軍による殺戮もまた、当然の話……であるはずだった。
それなのにどういうことだろう。
私は確かにまだ、生きている。
無傷ではないけれど、これくらいの傷なら数日もあれば完治する。
それくらいの軽傷だ。
なぜこれで済んだのか。
それは、急に発生した巨大な熱量のせいだ。
私はこのスキルを見たことがある。
《上級炎術》。
B級スキルに分類されるそれの中でも、高い破壊力を持っているものだ。
使いこなせばA級クラスの魔物にすらある程度通用するもの。
それが豚鬼将軍に放たれたのだ。
何処かから、突然。
しかも、気のせいでなければ、通常の《上級炎術》よりも、何倍も威力があったように感じられた。
なんというか、凝縮されていたというか、豚鬼将軍という存在の一点に、その力のほとんどが集まっていたような。
《上級炎術》はもちろん、スキルを使用する者の練度にもよるが、広範囲を攻撃するのに長けた術が多いとされる。
私がかつて見たことがあるのも、そういったもので、確かに強いスキルだが、たった一撃で豚鬼将軍をどうこうできるものでも、ないのだ。
それなのに、である。
煙が完全に晴れたそこには、確かに豚鬼将軍が転がっている。
動き出す様子はなく……そして、しばらく観察していると、ふっとその姿を消滅させた。
ころり、とした魔石と、長剣を一本その場に残して。
あ、ドロップ品だ……。
などと、つい能天気なことを考えてしまった。
そんなことを考えられるのも、もはや、この《安全地帯》にいかなる危険もないからだ。
豚鬼将軍は《安全地帯》の膜を越えられる《特異個体》であるが、普通にこの《乗代ダンジョン》一階層に出現する魔物たちは決してここにはやってこられない。
もう、危機は去ったのだ。
そのことが私の頭をぼんやりとさせていた。
けれど、さらに煙が晴れて、《彼》がいる場所が見えた時、その落ち着きは消えた。
私を助けてくれた……名前も知らない、彼。
彼が、そこに気絶していた。
しかも、見るに体内魔力が完全にゼロになっているのが分かる。
私のスキルには、確かにそれが写っていた。
私は慌てて立ち上がる。
流石にしばらく休めて、ある程度行動はできるようになっていたから。
「ちょっと、起きて!」
肩を叩きつつ、意識を確かめる。
息はしているようだが、体内魔力を使い切った状態でいつまでも放置していると命に関わることを、私はよく知っていた。
本当なら、ここで動かさずに医師や治癒術師を待つべきだが、こんなダンジョンの中では外部に連絡はできない。
つまり、放置していくか、私が背負っていくしかない。
そしてどちらを選ぶかなど、今の私にとっては考えるまでもない話だった。
「……頑張って。私が必ず、外に運ぶから」
そう言ってから、私は彼を背中に背負う。
迷宮や魔境で魔力を鍛えられたこの体は、おそらくは男子高校生と思しき彼を背負うことも可能としているのだった。
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