第5話 乗代町

 俺の住んでいる街である東京都氷室区狭霧町から電車に揺られ、十五分。


「……次は、乗代、乗代です。お出口は左側です……」


 とのアナウンスを聞いて立ち上がる。

 周囲を見ると俺と同じように立ち上がる客たちが見える。

 ただし、その客層は普通とは違っている。

 多くがプロテクターなどを纏っている上、剣や弓などを持って武装しているのだ。

 五十年前ならまずあり得なかった光景だな。

 もちろん、俺も彼らも、別にこの乗代町に武装したままランチを楽しみにきた訳ではない。

 結構レストランも多いし、そういう目的の者も少なくないが、そういった人たちは基本的に武装などしていない。

 では、なぜ武装しているのか。

 それは簡単だ。

 

「……なぁ、今日はどこまで潜る?」「俺たちじゃ一層が限界だろ。まだF級なんだしさ」「確かにな……ま、気長にやろうぜ」


 そんな会話がそこら中から聞こえてくる。

 つまりは、ここ乗代には《迷宮ダンジョン》があるのだった。


 *****


「……よし、プロテクターはしっかりつけた。武器は戦闘用の剣と、解体用の短剣も持ったし、行ける!」


 俺は気合いを入れた。

 目の前には、ポッカリとした洞窟が存在している。

 場所は妙なところというか、町のど真ん中に公園があり、その中心にアリの巣のように盛り上がった入り口が開いている感じと言えばいいだろうか。

 こここそが《乗代ダンジョン》と呼ばれる迷宮であり、どんな人間でも入場することが出来る公共迷宮の一つだ。

 大抵の迷宮は公共迷宮なのだが、中には特定の組織が管理しているものがあって、大体が管理しなければ危険な大迷宮とか、特殊な素材が得られるために私有が禁じられているものになる。

 また、私有迷宮もあり、こちらに関しては元々の地権者が権利を持ち続けているとか、ギルドが購入して所有してるとか、そういうタイプが多いな。

 他にも迷宮の法的な存在形式はいろいろあるのだが、一般的には公共か私有かくらいの区別がついていれば問題ない。

 普通の土地と一緒だな。

 ちなみに、当たり前の話だが公共迷宮であっても普通に魔物は生息しているし、戦って負ければ死ぬ。

 ゲームのように蘇ったりは出来ない。

 誰も責任を持たないし、毎日のように行方不明者について報道されている。

 ただ、事故や事件とは違って、大きなニュースとして扱われることはない。

 迷宮に潜る者が死ぬのは当たり前だからだ。

 稀に、迷宮が海嘯を起こし、その結果として魔物が地上に溢れて大規模な被害が生じたりした場合は、事故として報道されるが……そんなに多くはないな。

 それこそ、大きな玉突き事故が報道されるのと同じくらいの頻度だ。

 それでも大したものだが、小さな頃からよく見てるので慣れている。

  

 さて、そんな迷宮になぜ俺がやってきたのかといえば、それこそ簡単な話で、迷宮の中だとスキルが取得しやすいらしいからだ。

 魔力が濃いところでの訓練は人間の力を活性化させるとかいう話で、だからこそ、俺はここで訓練をしようと考えている。

 普通は危険だからやらないんだけど、俺にはもう後がないしな……。


「はい、次の方。お名前は………」


 迷宮の入り口に、しょぼい長テーブルが設置されて、そこで乗代の役場の職員と思しき女性がそう尋ねてくる。

 

「天沢創です」


「では、こちらのリストにお名前を記載してください。もし中に入って、出て来られたら、確認して名前に横線をひいてくださいね」


 なんでこんな職員がここにいるかといえば、中に入って出てこなかった場合、行方不明、もしくは死んだものとして扱うためだ。それを先に名前を書き、出てきた時に消すことで確認している。

 なんでも、出でこなかった場合、一年間は生きているものとして扱われるらしいが、それが過ぎたら死亡ということになるらしい。

 この辺の扱いは一応授業でやったのだが、なんとなく流されてしまったからな。

 細かく聞かせると、冒険者になんてならない、とか生徒が言い始めるからかもしれない。

 ひどい話だ。

 ちなみに、全ての公共迷宮にこういう職員がいるわけではない。

 むしろ、ほとんどの迷宮にはいない。

 だからこそ、俺はここに来た。

 自己責任で潜るとはいえ、もしも万が一死んだら、それこそ家族に知らせる手段くらい必要だからな。

 家の電話番号を書いて、俺はペンを置いた。

 職員は、


「では、どうぞご安全に。本日は特殊個体などは確認されておりませんが、それでも注意して探索をお楽しみください」


 そんなことを言って笑顔で手を振ったのだった。

 死地へ赴く人間に微笑みながら手を振る。

 何かが狂っているような気がするが、これが俺の生きる世界なのだ。

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