ドア越しに刑事のくぐもった声が響いた。

『もういいだろう! 出て来たまえ!』

 男は銃を構えたまま小刻みに震えている。

 女は言った。

「待たせると、心証を悪くするわよ」

 刑事が応えた。

『その通りだ。芝居見物はもう充分だ。大事な話は残らず聞かせてもらった。盗聴器が壊れた直後に、ドアの振動で盗聴ができる装置が届いてね……』

 男は、びくりと身を震わせた。

 女も口を開き、呼吸を忘れた。

 男は引きつった笑いを浮かべた。

「あばずれめ、てめえも道連れだ……」

 が、女は軽く肩をすくめる。

「出ましょうか」

「バカに諦めがいいな……」

「わたしは大丈夫だって言ったでしょう? あなたに主人を殺せとそそのかされたけど、怖くて全部正直に話してしまった――」

「殺したくせに」

「事実を話しただけ。やったのは、本当にそれだけ。すぐに助けなかったのは非難されるかもしれないけど」

「兄貴が死ぬのを笑って見ていたんだろうが⁉」

「何か証拠があって? 薬だって飲んでるのよ。心臓が寿命だっただけ……。でも、あなたはどうかしら? 恵理を犯人にするために、証拠を捏造した。わたしを罠にかけるために、殺人を命じた。警官から拳銃を奪い、逃走し、人質を取り――」

「もういい!」

 女は笑った。

「いい弁護士を探してね。刑が決まるまでは、あなたの分の遺産は残しておいてあげるから。やっと独り立ちできたんですもの、頑張ってみれば? おめでとう、夢がかなって」

  

                               ――了  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「罠」 岡 辰郎 @cathands

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ