第51話 最終章 死地のその先17
人物紹介
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。
チャアダイ:同上の第2子
オゴデイ:同上の第3子
トゥルイ:同上の第4子。
ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。
人物紹介終わり
2日後の午後。
ウルゲンチ攻めの総大将たるオゴデイはそれに口をつけたところであった。勝利の美酒であった。
降伏を申し出る使者が至ったとジョチの方から伝令が至ったのであった。助命と引き替えにというのが、その条件であった。
オゴデイは、ジョチに翌日早朝、その使者を連れ、我が陣に来て下さいと伝令を返した。また、チャアダイとボオルチュに、降伏の使者の件を伝えると共に、やはり翌日早朝、我が陣にて軍議を開く旨を伝えた。併せて、これ以上の戦闘は無用との命を添えて。
ジョチからの連絡は昼過ぎに至り、すぐに軍議を開くという道もあったが、オゴデイはそうはしなかった。
そんなことより久しぶりの酒であった。
そうしてほろ酔い気分の中、これまでのことを想い返す。
往復におよそ1月余をかけて父上の裁定はもたらされた。
『攻め落とせ。ただしオゴデイが総指揮を取れ。ジョチとチャアダイはオゴデイの命に従え。またオゴデイは作戦を立てるにしろ軍を動かすにしろ、ボオルチュの言葉に良く耳を傾けよ』
併せて、カンは大変なお怒りようでありましたとわざわざ伝えられた。
父上がそれを伝えるべく命じたことを察せぬ兄たちではない。その怒りのゆえが何であるかも含めて。
こうして任命されたオゴデイであるが、これまで兄2人が指揮権を巡って激しく争う傍らにおっても、己もまた総大将になりたいとは想ったこともなかった。
その理由は父上の己に対する評価のゆえであった。父上が軍才を認めるのは長兄のジョチと末弟のトゥルイの二人であった。ジョチには早くから北と西の攻略の一翼を担わせ、またトゥルイに対しては、常に己の傍らに置き、その軍略の全てを教え込もうとしておる如くであった。
我の強いチャアダイ
己の方はその評価を受け入れられた。そしてそもそも人と争うことを嫌う性格もあって、自らの意見を声高に主張するということもまたなかった。
そしてそれは父上に総大将を命じられても変わりようがなかった。また兄2人のどちらでもないとなると、モンゴルの軍制では王子である己しかおらぬということもまたよく分かっておった。何らかの大功を成し遂げ、それゆえ任命されたのではないことは。
居丈高となることもなく、和を重んじる性格そのままに、総大将の任を務め上げるべく務めて来た。兄2人の同意を得てから、軍事作戦に取りかかるを常とした。
またその立案においては、父の命にあった通り、まずもってボオルチュを頼った。自らに軍才があるなどとは想っておらぬ。ゆえに自身の軍略や作戦に拘泥する気もその必要もなかった。
このようにして己の総指揮の下、兄2人はその命に従った。信じ難いほど従順に。これまでも――あくまで兄であるとの立場を崩すことはなかったとはいえ――オゴデイの言葉に耳を貸すこともあったチャアダイ
そしてかねてからボオルチュの主張しておった如く、まずはモンゴル全軍が総力を挙げて北城本丸を攻めることになった。
そして、攻めは慎重を期した。まずは、邪魔となる建物――騎馬兵の動きにとっても投石機の配置においても――の破壊に取りかかった。ただし投石機を守る盾代わりとなりえる建物は意図的に残した。大通りや主要街路にては、破壊した建物の残骸――レンガや材木や土壁――やら城外から運び入れた土砂やらで泥濘を埋めて投石機と騎馬の通り道を整備した。
本丸を落とした後のこと。
南城攻めにても、攻めは手間を惜しまず、同様の事前の備えに万全を期した。
そしてまさにこの日であった。オゴデイは想わず頬が緩む。これで、しばらくは嫌いな戦など無い、大好きな酒浸りの日々に戻れる。
ただ、どんな人間でも先のことは読めぬものであり、それはオゴデイも同じであった。
1つ目、軍議にて降伏の申し出の拒絶が決まった。あれだけ、仲の悪い兄2人に加えボオルチュまでもが、最早、その時期では無いと、我が軍の被害を考えれば、助命嘆願など受け入れられぬと。
オゴデイは渋々それを認めた。戦は残り3日継続され、敵の主立った者はそこで戦死するか捕虜となった後、処刑された。
2つ目、これはだいぶ先のことになるが、この総大将任命は、オゴデイのモンゴル帝国2代皇帝への足がかりとなる。そこのところは、次話にて史料を援用して論じてみよう。
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