第50話 最終章 死地のその先16

  人物紹介

 モンゴル側

トルン・チェルビ:チンギスの側近。千人隊長。コンゴタン氏族。ウルゲンチ攻めにては、ボオルチュの配下。

  人物紹介終了




 数日前のことであった。


 トルンは敵軍の武将の首実検に付き合わされた。そもそも顔を知らぬ者であり、しっかり見る気のあろうはずもなかった。


「クトルグ・カンです。ウルゲンチ守備隊を実質的に取り仕切っておったのは、この者です」


 捕虜の1人がそう告げたので、そこで、やれやれ、これでやっと終わりかと想い、顔を上げたのが運の尽きであった。その者と目が合ってしまったのである。死に間際まで、敵たる我らの姿を求めておったのか、くわっとばかりに開かれておった。




 縁起でもない。できるだけ早くに忘れようとしておったのだが、それを想い出さざるを得ぬ理由が眼前にあった。


 幼子おさなごであった。連れて行けなかったのか? あるいは、後で連れに戻ろうと考えて、我らとのいくさに赴いたのか? 敵が一時的に指揮所としておったらしい館にこの子のみ隠れておったという。それを配下の者が見つけ、連れて来た。ならば、死に顔をさらしたあの者の子か孫か。確かめようがなきことではあるが。


 モンゴル軍は南城を1街区ずつ占領して行っており、トルンも、それをなす1隊を率いておった。夕刻間際のこのとき、トルンは隊ともども、安全なところまで引いて来ておった。


 モンゴルには、敵の子といえど、背丈が車の軸に満たない子を殺してはならぬという法があった。(注:厳密には、車軸のピン。恐らくは、車軸とほぼ同じ高さと想われる。チンギスがある程度成長するまでタイチウトに追われなかったのは、この法のおかげである)


 トルンは抱き上げる。


「そなたはどうしたい? 」


 幼子は人なつっこい笑顔を浮かべる。


「そうか。我のシギ・クトクとなるか?」


 やはり戦場にての拾い子たるシギ・クトク。今や重臣たるその姿が浮かび、つい、軽口を叩いたのだが。そのあるじに想い及ばざるを得ず、怒りに目がくらむ。


 ただ、その連想は別の者に連なり、ゆえにトルンは次の如くに命じることになる。


「あの者は不出来なことに、我に十分なる仕えをなすことなく、我の期待に応えることなく、あまつさえ我の許しを得ることなく、死におった。

 ゆえに、そなたに命じる。代わりに我に仕えよ。名をたまわろう。ブカ・クドクとの名を」


 その声が震えを帯びたは、未だえぬ惜別の情ゆえ。それを敏感に感じ取ったのか、この後、幼子が大泣きし、トルンを困らすことになる。


 クドクとは幸運の意、モンゴルでは幸運は天のたまわるものと信じられており、転じて、天恵、天恩を意味する。

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