第47話 最終章 死地のその先13

 黒トクが側らに来て槍を打ち込んで来たのである。


 我はそれを槍で受ける。


 黒トクの向こう側にシャイフの姿が見えた。今まで見せたことも無い、どう猛なる顔であった。我が友も、いざとなれば、かようなる顔をするのだな。


 黒トクは、シャイフの渾身の一撃を槍で受けると、さすがに2人がかりはご免こうむると嘆じてか、後方に下がった。といって、シャイフと言葉を交わす余裕があった訳ではない。敵は黒トクのみではないのだ。


 ただあきらめた訳ではなかったらしく、シャイフと離れたところで、黒トクが再び駒を並べると、槍を打ち込んで来た。我は再び受ける。見ると、右肩のあたりに血がにじんでおった。利き腕がいずれか分からぬが、槍を扱うには不便なはず。それでも、自ら討ち取らんとするか? よほど先に我にやられたことが許せぬらしい。


 何としても、自らの手で我の首を獲らんと、そういうことか? これでは戦場を支配する軍神どころか、やはり仇につかれた亡霊ではないのか? あるいは、モンゴルでは軍神たりえるには、まずは仇を果たす必要があるのか? 


 いずれにしろ、我らにとっては好都合。想う存分、ここでやり合いたいところだが、その前に、まずすることがあった。


 数撃、やり合った後、黒トクの馬が転びかけたのを幸いに、その追撃を一端のがれる。そして、敵であれ味方であれを避けて、何とか急ぎ目当ての者の側らに行くと、


「どうやら、黒トクは我にご執心らしい。我が止まれば、奴は止まる。その間に隊を率いて逃げよ」


「ならば、我も残るぞ。そなた1人を置いてはおけぬ」


「兵に約束したことを忘れるな。そなたが率いねば、全滅の恐れさえある」


 そして自らの腹あたりを指す。そこには、鎧のさねを通して血がにじみ出しておった。再び傷が割れたのである。


「生き延びよ。そして皆を生き延びさせよ。それが我が願いでもある」


 相手の目に得心の色が浮かぶのを見て、オグルは馬速を更に落とす。その耳に聞こえるは、


「全軍、馬速を上げよ。生き延びるぞ。しんがりはオグル・ハージブに任せる」


 友が我を呼ぶのを聞くは、これが最後かと想いつつ、馬を完全に止めた。




  人物紹介

 ホラズム側

シャイフ・カン 北城本丸守備の指揮官。


オグル・ハージブ せき破壊を試みる工作隊の護衛の指揮官に任じられ、これを成功させた。


 モンゴル側

イェスンゲ ウルゲンチ攻めでは、城外での遊軍の指揮官を委ねられる。チンギスのおい。カンクリ勢からは、黒トクと呼ばれる。

  人物紹介終了

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