第46話 最終章 死地のその先12

 その後この二将は早々に動いた。次の日の早朝、各々旗下の隊を率いて南門より逃げ出した。恐らくシャイフの読み通りであったのだろう。モンゴル軍は煌々とかがり火は焚くが、その陣営は門前から遠く、戦いを望んでおらぬが如くに見えた。二将は、泥溜まりのある間はゆっくりと、そうしてそこを抜けると馬を駆けさせた。


 逃げられる、そう想ったとき、ゆらり、かの黒トクが目に映った。一瞬、先にジョチの陣に攻め入ったときの残影かと想った。というより、知らず知らずそれを願ったというのが、正直なところであったか。


 ただ、右後方に現れたそれが消え入ることは無かった。といって引き返す道は無い。


「黒トクが来たぞ」


 隣で駒を進めるシャイフに告げる。


「ああ。そのようだな。わざわざ、我らに首を獲られに来たと見える」


 シャイフの軽口に苦笑いを浮かべたオグル。


(このまま先頭を)


 そう告げる前にシャイフは、


「黒トクが現れた。我とともに迎え撃たんとする者はしんがりに集え」


 そう大音声を上げながら、早速、後方へ下がり始める。


(先を越されたか)


 再び苦笑いを浮かべたオグルは、やはりかたわらにおる副官に、行軍速度を上げて逃げよ、と命じ、自らも後ろに下がる。


 しんがりまで至ると、シャイフと目が合う。そして、その顔にも苦笑いが浮かぶのを見る。


 オグルとシャイフ、各々、自らの千人隊を率いて逃走に入ったといえど、実兵数はずっと少ない。そのうち、およそ300――無論、数える余裕など無く、見た感じにすぎない――がしんがりを務めんとしたことに、オグルは満足する。


 これが黒トク率いる追手を防ぐに十分ではないことは明白であったとしても。しかし、ここに至っては、数は重要ではない。なしうることをなすまでである。


「我はサマルカンドでも、隊を逃がし、我自らもまた生き延びた。こたびも、無論、そうなる。我に続け。我を信じよ」


 シャイフが再び大音声を上げる。


(それにこたびは友もおれば)


 オグルも声を張り上げた。


「皆の者。生きるぞ」




 たいして時を置かず、しんがりはモンゴル軍の先頭に呑まれた。ただ、これはオグルたちが馬速を落とし、意図的に持ち込んだ状況ではあった。


 危惧したこと――我らを放っておいて先に逃げる隊を追うことはせぬようであった。まずは我らを仕留めて、ということか。恐らく後ろを取られることを嫌ってであろう。慎重かつ妥当な判断といえる。


 しかし意想外なこともあった。矢を射て来なかったのだ。あえて接近戦を望む理由があるのか?


 やがてそれは明らかとなった。




  人物紹介

 ホラズム側

シャイフ・カン 北城本丸守備の指揮官。


オグル・ハージブ せき破壊を試みる工作隊の護衛の指揮官に任じられ、これを成功させた。


 モンゴル側

イェスンゲ ウルゲンチ攻めでは、城外での遊軍の指揮官を委ねられる。オトラルのカンクリ勢からは、黒トクと呼ばれる。

  人物紹介終了

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