第40話 最終章 死地のその先6

 そしてオグルとシャイフはといえば、まさに奇襲の勢いのままに、敵の大将首を獲らんとしておった。それに引っ張られて、自兵もまた勇気づき、遅れてはならじとばかりに雪崩をうって、モンゴル軍へと攻め入る。


 戦場にては、常にこの駆け引きがある。誰しもが、死ぬもやむなしとの決意の下にあるわけではない。命大事にこの1戦を終えれば良いと考える者も少なくない。当然、無闇やたらと己が身を危険にさらすこともない。命を盾になす突撃など、もっての外となりかねぬ。


 それをひっくり返すのが一番槍の役目である。率いる将が自らなすならば、まさに軍勢はこうなる。


 そしてそれは巡り巡って2将の後押しともなる。それを2人も感じる。ともに経験のある将である。無論、このまま一気にと、そうなる。


「そなたのおかげだな」


 との声が聞こえる。側らにシャイフが来ておった。


「何の。こうして、合力しておるからよ」


「いやいや。水のことよ。水。奴らは馬に乗れておらぬ」


 なるほど。合点の行くところであった。確かに勢いもあろうが、もし騎馬戦となっておったら、果たして、こうなっておったか。


 しかも、トガンから聞いた黒トクの戦い振りはすさまじきもの、戦場を支配する如くであったとまで。もちろん、己にそうしたことができたと想えたことは無いし、他将にそのような覚えを抱いたこともなかった。


 それをこうも押し込んでおるとなれば、確かにシャイフの言うとおり、あの策がここにつながっておるのか。ならば、やはり、この者はここで討ち取るべきである。まさに我ら自らが引きつけた絶好の機会に他ならぬ。


 もはや、敵勢との間合いに入り、互いに振るうは槍である。


 徐々に肉薄する。それどころか、槍の穂先が黒トクの体をかすめたことさえあった。ただ、一騎打ちは望み得ぬ。すさまじい乱戦である。敵味方入り乱れての突き合いである。


 己が身を敵の槍が貫く前に、かの者の体を我が槍で――図らずも、黒トクから遠ざけられた後、その決意の下に再び迫らんとする。


 ふと目の前の空間が開いた。


 その先には、あれの姿が。


 何たる僥倖ぎょうこう


 すかさず槍を突き出す。


 確かな手応えがあった。


 同時に腹に衝撃があった。


 つかむと槍と分かった。


 むんずと握りしめ、あらん限りの力を込める。


 ただ、黒トクがその槍を突き放したために、バランスを崩し、後方にこける。


 眼前に、槍ぶすまが現れる。黒トクを堅く守るためとすれば、手負いとなすを得たか。


 ふと肩をかつがれ、助け起こされる。見ると、シャイフの顔がかたわらにあった。


「引くぞ」


「ならぬぞ。我は捨て置き、ここはあれの首を獲れ」


「敵の新手が来ておる」


 うながされた方を見ると、見たこともない剣術を使う者が先頭に立ち、こちらを押し返さんとしておった。


「見えたろう。引くぞ」


 オグルは再びならぬと言わんとしたが、痛みのために声とならなかった。



  人物紹介

 ホラズム側

シャイフ・カン 北城本丸守備の指揮官。


オグル・ハージブ せき破壊を試みる工作隊の護衛の指揮官に任じられ、これを成功させた。


 モンゴル側

イェスンゲ ウルゲンチ攻めでは、城外での遊軍の指揮官を委ねられる。オトラルのカンクリ勢からは、黒トクと呼ばれる。

  人物紹介終了


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る