第37話 最終章 死地のその先3

 ジョチのかたわらには、無論、近侍する護衛もおった。ただ、いずれも若く、ジョチ自身が、「皆の者。下がれ」と命じたゆえに、あえて、その2人の間に割って入ろうとする者はおらぬ。


 それをなしうるは千人隊長くらいであろうか。敵城を攻めておるのであるから、1人くらいは、詰めておっても良さそうなものであるが。ジョチの部隊は傍観を決め込んでおれば、あいにくおらぬ。ただ呼びに行くべきと考える者は当然おり、急ぎ、そこを離れる。


「何用だ?」とジョチ。「大敗したそうだな。そなたが指揮すれば、こうなるとははなから分かっておったこと」


「何を言うか。そなたがフマル・テギンさえ引き渡しておれば」


「同じことよ。敗れたから、我に責をなすりつけようとして、早速、来たのだな。まったく。卑怯なそなたらしいことよ」


「まだ、ぬかすか」


 そう言い、チャアダイは肩にかけておった弓を手に取る。


「それで、どうするのか?  我を射るというのか? 」


「おおよ。これでメルキトの血をほろぼし、我がモンゴルの禍根を断ってくれようぞ」


 その言とともに矢を放たんとする。


 ジョチは、それを待つまでもなく、駆けだしておった。


 それもあってであろうか、至近距離なのに、矢は当たらぬ。


「すぐビビるそなたの性格はもとより承知」


 剣を抜きつつであった。それ故、まだ一瞬のいとまがあった――2人の間に人が割って入ることのできる。


 気付いたジョチは外そうとする。しかし、既に体重が乗ってしまっており、想うようにはなしえぬ。


 剣が当たってしまう。


「どうして」そう想わずこぼれ落ちた言葉の後に、なじるそれが続く「なぜだ。クナン」


 倒れ伏したクナンの上半身をジョチは抱え上げる。上着には血がにじみ出して来ておった。


「ジョチ様。チャアダイを殺せば、カンはジョチ様を殺さねばなりませぬ。そうさせぬためです。

 そうなれば、ジョチ様はカンを恨まずにはおれますまい。そしてそのまま末期まつごのときを迎えることとなってしまいます。

 また、カンは自らの息子を殺した罪悪感に苦しみつつその余生を送ることとなりましょう。

 かようなことは、断じてなさしめる訳にはいきませぬ。ただ、これで、どうやら、最後のつとめを果たすは得たようです」


 荒い息の中、クナンは言葉を絞り出す。


「何を満足そうな顔をしておるか。これを最後などとは認めぬぞ。エブゲン。行くな。エブゲン。我にはそなたがまだ必要ぞ」




  人物紹介

 モンゴル側

ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。


クナン:ジョチ家筆頭の家臣。ゲニゲス氏族。


チャアダイ:同上の第2子

  人物紹介終わり

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