第100話 スルターン・ムハンマド1
人物紹介
ホラズム側
テルケン・カトン:先代スルターン・テキッシュの正妻にして、現スルターン・ムハンマドの実母。カンクリの王女。
スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主。
人物紹介終了
ティムール・マリクがウルゲンチに逃げ込んだのは、テルケン・カトンが降伏開城したのと、ほぼ同じ頃である。その山城の攻囲の始まりは、4ヶ月前の西暦1220年の夏にさかのぼる。
そして、その報がもたらされた時、まだ夏の暑さが残っておった。スルターンは己が災厄を招き寄せたも同然の行いを再び繰り返してしまったことを知った。一度目はモンゴルの大軍を祖国に、そして今回は己を追う部隊を家族の下に導いてしまった。
テルケンにマーザンダラーンの山岳に逃げるを勧め、にもかかわらず己もまたその近郊へと逃げたのは、モンゴルが追って来るとは想わなかったゆえである。
遊牧勢とは金銀財宝と奴隷と女を求めて、それがふんだんにあるところ、豊かな都城や城市を目がけて行くものであった。あるいは、その国の全てを奪うために、敵の軍勢めがけ進軍するものであった。
モンゴルもまた同じであろう。そうみなしたのである。軍勢も率いておらぬ、財宝もほとんど携えておらぬ、身一つで逃げておると言って良い己をこんな僻地まで追い来たるとは。
ただここでもスルターンは己の過ちを深く後悔することを欲しなかった。それどころか早く降伏してくれれば良い。無駄なあがきなどせずに。これまで他の者に助言して来たところのことを本心から願った。それを母后に助言することができぬことを残念がりさえした。
そして己が生き残りさえすれば何時か救い出せると想う反面、母后や妃や王子王女がモンゴルの掌中に落ちることがどういうことか考えたくもなかった。ただ己が生き残りさえすれば。その徐々に分の悪くなっておることが明らかな希望にのみすがって、逃げ隠れしておった。
そしてスルターンは再びマーザンダラーンへとやって来た。その用いた策により、迫って来ておったモンゴルの一軍を西へと向かわせるを得、更にはテルケンが降伏したため、これを攻囲しておった軍もまたこの地を去ったためであった。無論モンゴル軍の裏をかこうとしての行動であった。
ここのすぐ北にはカスピ海がある。そしてスルターンは遂にその中の島の一つに逃れた。現地の有力者たちの勧めに従ったのであった。
初冬――モンゴル軍によるオトラル攻囲が始まってようやく1年が経とうかという頃のことであった。
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