第85話 母と子5:テルケン・カトンのイーラール入城

 逃走中のテルケンは未だ意気軒昂であった。その進む道はますます険路となり、最早馬車では登れず、各自馬に乗って上を目指す状況となっておったが。テルケンは高齢とはいえ、さすがそこはカンクリの娘、しっかり手綱を握り、おっかなびっくりの他の貴婦人とはものの違うところを見せておった。


 先頭辺りを進むテルケンに対し、遅れがちの他の騎乗の婦人、そして宝物を満載した馬、更にはそれからさえ遅れて徒歩の者――馬に乗せきれぬ宝物をかつぐ従者とどうしても馬に乗れぬ女たち――がずらりと後ろに続いておった。


 その後ろには遠すぎて最早その姿も判然とせぬが、少数の護衛隊が――テルケンの傍らにおる数人を除いて――後衛として最後尾に続いておるはずであった。


 その山肌をおおう木々はここが雨の豊かな地であることを如実に示しておった。ウルゲンチからの途上の広漠たる荒野――生えるものといえば草ばかり、しかもそれさえ気まぐれな雨に恵まれた時だけであった――とは雲泥の差である。テルケンは今回の判断が間違いでなかったことを確信した。


 後続が追いついて来るのを待つ間、テルケンは眼下の険しき道を改めて見下ろす。そしてその隘路が見た目以上であることも自ら上って来たゆえに身に染みて知っておった。この地に通じた者に先導させておるにもかかわらず、何カ所かでは崖からわずかにせり出した道を通らねばならず、落下の危険が高いため、馬を降りて渡らねばならぬほどであった。これではモンゴル軍といえど、攻め登るに難渋しようとの確信を抱き、満足した。


 そしてその想いはイーラール入城に際し、一層強まった。そこはまさに山の弧峰を城と化した如くであり、馬を渡すためにしつらえた板橋を落としてしまえば、騎馬のままでは無論のこと、更には手がかりとなる縄を切ってしまえば、歩いてでさえ近寄るは難しく、這い上る如くを強いる岸壁にて隔絶されておった。


(たとえウルゲンチが落ちても、ここに隠れておれば。いずれは)


 希望がテルケンに活力を与えておった。



(おまけ。およそ800年前にテルケンが登ったであろう道を、グーグル・マップで辿って欲しい。


1.まず、衛生写真のモードにする。


2.それから、検索欄に「イラン サーリー」と入れる。カスピ海の南岸側にあるサーリーという町にでる。ここへ南から川が流れ込んでいるのが確認できると想う。これをさかのぼれば良い。


3.すると、ゴロードやガズーヒの町を通って南へ向かうと細長い湖に出る。湖の上流(南)側は東側と東南側の二股に分かれているが、これの東側の川に出て、東南に向かう。


4.これをNarges Zamin→Ervat→Zekareyya Kolaとさかのぼりると、その東8キロほどのところにIlalがある。城はこの近くにあったと考えられている。


 どうしても見つけられなければ、「イラン ilal」と検索欄に入れれば、行ける)

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