第43話 ブハーラー戦17:本丸戦9:亡霊8

  人物紹介

 モンゴル側

チンギス・カン:モンゴル帝国の君主


耶律やりつ 阿海あはい:チンギスの家臣。キタイ族。


耶律 綿思哥(メンスゲ):阿海の次男。

ブハーラー本丸攻めの先遣隊を率いるも負傷する。


薬師奴(やくしぬ):阿海旗下の百人隊長。負傷したメンスゲより、先遣隊の指揮を引き継ぐ。

人物紹介終了


「どうした?」

 薬師奴が尋ねると、


「逃げ穴とおぼしきものを見つけました」

 とのことであった。


 そこは階段で降りたところからかなり離れておった。建物の端まで来たのか、と想われるほどであった。


 地下へと通じる階段があった。発見した者たちのうちの2人が既にランプを携えて、そこに降りておった。


 己も降りる。

 決して広くない。

 ただ10人程度は一緒に入れよう。

 あくまで立ってであるが。


 そしてそれがあった。


 横穴であった。高さは人の頭以上。幅も2人は並んで通れる。逃げ穴というより、いざという時の物資を運び入れるための通路か?


 それでも入るか否か、どうするか?


 ただ敵が逃げたら逃げたで、あるいは逃げなかったら逃げなかったで、この先がどこに通じておるか、調べる必要はあった。


 何ゆえ、この先を調べぬのか? 何ゆえ、敵が逃げたのに追わなかったのか? そう問われたならば、反駁する言葉が己の内にはなかった。




 急ごしらえで、盾の前側にランプを固定できるようにする。敵が待ち構えておらぬとも限らぬのだ。


 それを兵の1人に持たせ、先頭を行かせる。我はそのすぐ後ろにて剣を抜いて続く。もう2人、やはり剣を構えつつ我の後ろに縦列を組む。そして更にその後ろに2人の弓兵が横に並ぶ。その6人編成で進むことにした。


 ランプが灯されておるとはいえ、たいして先は見えぬ。敵がランプを消して待ち構えるなら、こちらの動きのみが丸わかりとなろう。


 とはいえ、ランプを消して進むのもどうかと想われた。それで条件が同じになる訳ではない。


 敵にとっては勝手知ったる通路である。暗闇なら、一層、敵に有利となる。


 しかも灯りが無ければ、こちらはまさに壁面を手探りしながら進むことになる。対して敵は、自らに都合の良い場所を選び、そこでただ待ち受ければ良いのだ。となれば、尚更、敵の利が増す。


 とにかく、矢ならば、盾で防げるのだ。剣で来たなら、こちらも我も含め3人おる。そう好き放題できるものではなかろう。何より、相手が剣を用いるなら、打ちかかられる前に、その姿を視認できるはずであった。


 そう結論を出したのであった。


 何ごともなく、しばらく進んだ後のこと。


 ガキッ。


 不意に盾が上方へ跳ね上げられた。


 ランプが盾から外れ、天井に当たったのだろう、上から音がした。ただ盾の影になり、却って目の前は暗くなる。


 薄闇に何かがきらめいた。


 次に前の者から「グホッ」との声ともうめきともつかぬものが漏れ、己の方にのしかかって来た。


 我は危うくその者を傷つけそうになり、慌てて剣先を逃がし、空いている方の手で味方を支えようとする。


 ただ、むなしくその者は地へとずり落ちた。


 地に落ちたランプの油がこぼれ、それに燃え移ったようで、敵との間にいきなり炎が上がる。


 浮かび上がったは槍。


(この狭きところでか)


 それを持つ一人の男。


 そのまなこは、ランプの灯りのために赤く照り映え、まるで暗闇に現出した亡霊まがいにしか見えぬ。


 そう認識した時には、既に槍が己の脇腹を貫いておった。


 必死でその柄をつかみ、奪わんとする。


 この間に味方が斬りつければ。


 ただ、胸を蹴られた。


 後ろに倒れ、しかも槍から手を離してしまう。


 先ほどと同じであった。


 己が後方の者の邪魔となってしまった。


(しりぞ・・・・・・)


 そう言おうとするも、喉から湧き出る血のために、言葉が出て来ぬ。


 すぐ間近で数人の足音が入り乱れ、更には、うめき声と悲鳴、やがて足音が遠ざかるのが聞こえた。その数もいずれの方角からとも、分からなかった。意識が朦朧とし、また、そもそも自らがどちらを向いて倒れておるのかも判然とせぬ。


 逃げるを得たのか?


 全員殺されたのか?


 矢で射るなら、槍の間合いにも対応できよう。それもこちらの味方の死体を利用されなければだが。それを確かめることもできぬまま、薬師奴はこときれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る