第41話 ブハーラー戦15:本丸戦7:亡霊6

   人物紹介

  モンゴル側

 チンギス・カン:モンゴル帝国の君主


 耶律やりつ 阿海あはい:チンギスの家臣。キタイ族。


 耶律 綿思哥(メンスゲ):阿海の次子。ブハーラー本丸攻めの先遣隊を率いる。

  人物紹介終了


(本話の視点は前話に引き続き、メンスゲである)



 伝令は兵を送るゆえ、その千人隊をもって本丸の攻略へ向かえとの阿海父上の命をたずさえて戻って来た。


 『己も後に続く』との言葉と共に、『グル・カンを生きて捕らえよ』との命が再びあった。カンよりの命だとは、既に聞いておった。




 残りの百人隊9隊が続々と到着するにつれ、我々は1階の通廊に展開した。


「敵将は殺すな。全員生きて捕らえよ。また、動けぬ兵もあえて殺す必要はない。しばって転がしておけ。よいな。敵将は殺すな。敵兵は、必要なくば、殺すな」

 と念を押した後、

「敵を追い行け。ただし、敵の抵抗が激しい時は、無理に攻めるな。時をかけて、降伏を勧告せよ。矢が尽き、水と食い物が尽きれば、その戦意も失せよう。これを配下に徹底せよ」


 敵が投石機戦で撃ち返して来るはまばらであるとの情報が入っておった。投石機の扱いに熟練した者が残っておらぬのか。あるいは白刃戦、まさにそこに死に場所を求めて残ったゆえであろうか。


 後者とすれば、用心せねばならぬ。下手に追い詰めれば、却ってこちらの犠牲を大きくしてしまう。後半はそれを考えての指示であった。


 メンスゲは自らの近くに9人の百人隊長を呼んで伝えたのであった。いずれもキタイの将であった。兵もまたそうである。阿海直属であった。その父上の方は、カンより授かった2千をもって、我らの後詰めをなさる。


 兵も無闇に殺すなとしたのは、他にも理由があった。そのグル・カンとやらが、兵に身をやつしてまぎれ込んで逃げるかもしれぬと考えてのことであった。こちらがしかと、その武装から、敵の将と兵を区別できるとは限らなかった。何せ、ホラズム兵と我らキタイ部隊が刃を交えるは初めて。


 これについては、父上と話した。カンはあくまで『できうるならば、』と言われたとのこと。とすれば、最悪、誤って殺しても罰されぬということ。


 当然、敵将を殺さぬことにとらわれるほどに、下手をすると、こちらの犠牲を増やしかねない。それゆえ、カンはできうるならばと言われたのだ。これが父上の認識であった。


 無論、我にも異論はない。


 ただカンの頼みだ。それに応えたい――と父上。


 それでこの方針となった。




 そして、我らが侵入した本丸とやらも、見慣れたものではなかった。我らキタイならば、四囲を城壁で長方形に囲む程度。城造りが得意な金国勢の築くものとも異なる。何せ、こちらは巨大な、ひとかたまりの建築物であった。


 メンスゲは自ら百人隊を率いて、先陣を務める。


 父上からは部隊を委ねられるに際し、「大功を期せ」との励ましを受けておった。無論のこと、父上のお気持ちにはお応えしたい。


「進むぞ」


 それもあって、そう命じた声は、我知らず、震えを帯びておった。それに自身気付き、最早若いと言い得る年齢でもないのに、との忸怩たる想いを抱く。


 展開しておる部隊の脇をすり抜ける。

 千人隊の残りには後に続かせる。

 一気にかたをつける。

 そのつもりであった。

 敵は備えをしておらぬのだ。

 更に数でもこちらが上回る。

 それでも口の中は既に乾いておった。




 しばらく進むと、2階への階段があった。そこを上る。




 投降兵から『お偉いさんは大体最上階の4階にいなさる』との情報を得ておった。その者から、倉からそこへ至る経路も入手しておった。


 最初は案内させる必要があるかとも想ったが、結局、単純な行き方であったので、止めにした。下手に案内させて、恐怖のあまり途中で逃げ帰ったり騒がれたりしても困る。


 いずれにしろ、こうしたことは、訓練が行き届き、また、互いに信頼しておる者のみでやれるならば、それが1番良い。




 十分な灯りがない中を――矢を射るためであろう、壁にほぼ等間隔に設えてある狭間はざまより内に差し込む外光を頼りに進む。


 ただ、そこより外に見えるものも建物であり、本丸の一部と想われ、ゆえに最外周沿いを進んでおる訳では無い。


 この建物自体が複雑な造りをなしておるのだろう。恐らくは外敵が攻めにくくするために。


 狭間のある方の逆側には部屋が並んでおり、扉が閉めてあるものもあれば、開け放しのものもある。




 ついに4階に上がる。投石の立てる轟音の合間に、遠くに人の声らしきものが聞こえる。


 先を警戒しつつ進むと、通廊にポツンと一人の監視兵がおった。外壁に背をもたせかけ、何事かを話しておった。


 恐らくその顔を向けている方にも部屋があり、その中におる者と話しておるのだろう。監視兵をあえて置くということは、そこが重要な場所であるからに他ならない。目指して来たところである可能性が高かった。


 矢を一本、えびらより抜き、半ばつがえつつ近付く。あくまで音を立てぬよう気をつけながら。


 外したくはなかった。


 十分に近付き、会話を止めておるときに、一撃で仕留められたならば、部屋の中におる者に我らの接近を知られずに済む――いや、どのみち、知られるだろうが、少しでもそれを遅らせたかった。


 敵兵は明らかに気持ちがゆるんでおるようだった。あくまで念のための警備であろうゆえか。ただ気付かれずに進む距離には自ずと限りがあった。


 幸いなのは投石が轟音を立てておることと、あの者が会話に夢中になっておるらしいこと。少しは気付かれる可能性も減ろう。


 ただこの通廊に身を隠せるものはない。光は狭間から入るのみで、薄暗き中に沈んでおるとはいえ、こちらに目を向けられれば、それまでと想われた。じっとしておるなら、気付かれぬ可能性もあるが、こちらは近付かねばならぬのだ。そうは行かぬ。


 とにかく、会話をしている間にと想い、こちらに目を向けぬことを期待して、進む。


 敵兵が会話を止める。

 こちらも止まる。

 再び会話を始めるのを待った。

 背を壁から離すのが見えた。


 こちらを向くなよ、そう想いつつ、兜の下に狙いを定め、矢をひきしぼる。まだ十分近付いたとは言い難い。


 こちらを向いた。

 矢より指を離す。


 狙い違わずとは行かなかった。それでも当たりはしたようであり、ずい分と大きな音を立てて倒れた。しかも大声でわめいておる。


 我は二の矢を放つも、絶命させることはできなかったようで、敵の声は止んでおらぬ。


「続け」


 後方を向いて、そう叫ぶと、我は弓を棄て、剣を抜きつつ、その倒れている者のところに急ぎ駆け寄る。そうしてようやくその喉を掻ききり、黙らせることができたが、右腕に激しい痛みを感じる。


 肘の内側から矢で射抜かれておった。


 次の時には体を後ろに引っ張られた。


「手当します」との声。


「攻めを続けよ。父上が来る」


「分かっております。それは他の者でなし得ましょう。まずは止血をせねば、お命にかかわりますぞ」

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