第40話 ブハーラー戦14:本丸戦6:亡霊5

   人物紹介

  モンゴル側

 チンギス・カン:モンゴル帝国の君主


 耶律やりつ 阿海あはい:チンギスの家臣。キタイ族。


 ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。

  人物紹介終了




 待っておった阿海の下へようやく坑道を掘り終えましたとの連絡が入った。




 先の2人きりの謁見にての、それを終える前のこと。


 坑道から攻め入るのが、兵の犠牲を最も少なくする方法と想われますとして――阿海の方からチンギスに提案し、了承され、工兵を借りるを得たのであった。


 そもそもチンギスからは攻めを論じたいとして呼ばれておったので、阿海としても、手ぶらで行けるはずもなく、策をひねりだしたのであった。


「てっきり攻城ハシゴで攻めるであろうと想いなし、堀を埋めさせたのであったが。あれは無駄であったか」


 と、その際、カンは嘆じたが、そこも阿海は考えており、


「いえ、そうではございませぬ。カンが前もって、それをなされたからこそ、この策は成功するを得るのです」


 当然のこと、いくさごとに通じておられるカンならば、全てを言う必要はなかった。


「なるほど。陽動か。ならば、坑道を掘る逆側から投石機で攻撃すれば、より完璧となろう」


 そうおっしゃられ、一転、お顔は晴れやかなものとなった。


「そうしていただければ、大変ありがたく想います」


 そうして作戦は決まり、それに従って動いての今であった。




 大天幕におる阿海にも、大石が敵本丸に当たって立てる轟音が、聞こえて来ておった。次子の綿思哥(メンスゲ)を呼ぶ。


 長子の忙古台(マングダイ)の方は阿海の弟の禿花(トカ)の下で金国戦に従軍しており、ここにはおらぬ。


 メンスゲに、まずは坑道の出口を確保せよと命じ、なし終えたらすぐに連絡せよとして、百人隊をもって赴かせた。




 そのメンスゲ。坑道を通り抜け、出口の少し前で待つ工兵隊長にご苦労というように手をかざしてみせ、脇を通り抜ける。引き継ぎというには、明らかに不十分であるが、声を出すことは、はばかられた。


 その出口より半分だけ顔をのぞかせる。ここまで掘り進めた際に、敵がここにおらぬことは確認済であるはずであったが、念のためであった。ランプもかかげず、当たりをうかがう。


 暗闇に沈んでおる。

 敵は見当たらなかった。

 まさに陽動のおかげと言える。


 ここは地下にある土倉のはずだった。兵糧や酒などを蓄えるところとのこと。ここへと物資の搬入をおおせつかったという出入りの商人より、手に入れた情報であり、それもあって、ここへ向けて坑道を掘り進んで来たのだ。


 少し離れたところにおる背後の兵にランプを要求した。それをかざしつつ中に入る。恐らく長期戦に備えてであろう、中身は知れぬが、袋や樽や壺で、土倉の内部は埋まっておると言って良かった。


 荷の出し入れの便を考えてのものであろう、土倉の端に斜路がしつらえてあり、そこより1階に上がる。


 やはり人はおらぬ。


 一端戻り、百人隊に出て来るよう、手振りで合図する。それから兵に土倉の入口を確保するよう命じた。そして伝令を父上の下に発する。




 恐らく敵は城壁が崩された時に備えて、多くを投石されておる方に差し向けておるのだろう。


 また堀はその全周を埋めてある。攻城ハシゴを用いれば、城壁を崩さずとも、城への侵入は可能である。当然、投石機で攻撃しておらぬ側の城壁にても、最低限の警戒は怠るまい。


 ただ城に籠もるは、数百に過ぎぬと聞く。必要なところに、監視の兵を配置すれば、余剰人員のあろうはずがない。ましてや坑道を掘って来るとは、敵は想っておらぬ。


 父上の策がずばり的中したということである。




 どこから掘り進めるかについては、ボオルチュと議して決めよとカンは仰せであり、投石機隊もボオルチュ・ノヤンに指揮させるとのことであった。そこで父上に己も加わり、3人で議論し、決めたのであった。


 丁度、本丸から少し離れたところに宮殿があり、そこの広い中庭に一際大きな天幕を張って、本丸から見えぬようにした上で、そこから掘り進めたのであった。占領時、敵の君主の居所を指揮所とするは、しばしばなされることゆえ、兵が多く出入りしても疑われまいと考えてのことであった。

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