第38話 ブハーラー戦12:本丸戦4:亡霊3:チンギスの夢

  人物紹介

チンギス・カン:モンゴル帝国の君主


ジャムカ:ジャダラン氏族。まさに秘史が詩魂をもって描き出すところのチンギスの宿敵である。

  人物紹介終了




 チンギスはずい分昔の夢を見た。自らが数え11(満でいけば、9~10才となる)の時のことであった。凍り付いたオナン川の上で、碑石シアーを投げてぶつけて遊んでおった。


 互いに用いる碑石は、先ほどアンダ(同盟者、義兄弟の意味)の誓いをなして、交換したばかりのものであった。


 ジャムカがくれたのは、初めて自分で仕留めた雄ノロジカのくるぶしの骨で造った碑石。


 己もまたお返しとして、特別な碑石を与えた。羊のくるぶしの骨に、銅を中に入れて重くしたものであった。今は亡きイェスゲイ父上からのお下がり品であり、その点では形見の品とさえ言い得るものであったが、であればこそ、同盟者アンダの誓いにふさわしいものと想えた。


 しばらく遊んでいると、不意に氷が割れ、ジャムカが落ちた。大人が乗っても割れない氷であったはずなのに。その分厚ぶあつい氷の下を、ジャムカは流されて行く。苦しげに口からアワを吹きながら。


 我はずっと追いかけておったが。息も切れ切れとなりながらも、必死に。つい氷から突き出た流木に足を取られ、転んでしまう。


 何とか立ち上がり、ジャムカの姿を氷の下に求めるも、当然、無かった。我はずっと下流まで走ったが、見つからぬ。




 やがて、陽は傾き、当たりが夕焼けに染まる頃になっても、見つけることはできなかった。我はうずくまり、泣き濡れる。もう一歩も歩けぬほどに、足も疲れておった。


 ふと、我のおるところが日影となる。


 急ぎ立ち上がる。


 確かにジャムカであった。背後から、夕日が差すためか、顔は半ば闇に沈んでおった。にもかかわらず、その目はなぜか夕日を引き写した如くに赤かった。


 そして、その胸には矢が刺さっておった。しかも、それは、同じ年の春に、再びアンダの証しとしてもらった、ジャムカ手作りの矢であった。


 大事な矢として区別がつくように、チンギスは自ら矢柄に特殊な刻み目を入れておったので、見間違えるはずもなかった。


 やじりに2才牛の角の加工品を用いた鳴鏑なりかぶらであった(いわゆる鏑矢かぶらやである)。刺さるはずのないものである。


 どうして。まさか我が射た訳ではあるまい。夢の中で幼い己はいたく混乱しておった。


 そうして、ジャムカは矢を弓につがえて、我に向ける。それは、我がお返しとして、杜松ねずの木を加工して鏃に用いた鳴鏑であった。まともに刺さらぬのは知っておるはずであったが、ジャムカの様を見ては、我は叫ばずにはおれなかったようで、


「止めろ」




 自らの声で目を覚ました。己が荒い息遣いをしておることに、気付かざるを得なかった。

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