第36話 ブハーラー戦10:本丸戦2:亡霊1

  人物紹介

 モンゴル側

チンギス・カン:モンゴル帝国の君主


耶律やりつ 阿海あはい:チンギスの家臣。キタイ族。

  人物紹介終了




 チンギスは居所として用いている大きなものではなく、小さな天幕にて待つことにした。供回りに阿海が来たら、そこに案内せよと申しつけた。


 炉の炭火にくべた薪により天幕内は暖かかった。その炉のところのみ避けて、床にはまず絨毯が敷いてある。その上に設けられた宴席であった。


 阿海が至る。


 チンギスは、主人の座たる南面の席に、フェルトを敷いて座し、あぐらを組む。そして低い台を挟んで、対面する座にもフェルトを敷いており、そこに座るよううながす。


 ただ、阿海は遠慮してか、天幕の入り口の敷居をまたいで入ったものの、中に進んでその座に座ろうとはせぬ。


「そなたが座らねば、共に呑めぬではないか。さあ、近うよれ」


 チンギスは右手に酒の入った革袋を持って、そういざなう。


「いまだ勝利した訳でも、大功をあげた訳でもありませぬ。わたくしが、それを成し遂げた後に、是非、いただきとうございます」


「そうか・・・・・・。なら、ここはそなたの言に従おう」


 チンギスは、そこであっさり引き下がり、切り替えた。そもそも己が酒飲みを好まぬことは陣中に知れ渡っており、旧臣と言って良いこの者が、知らぬはずはない。そして戦前いくさまえなら、なおさらであるは明らか。


 そして何より酒を呑み交わそうとしてこの者を呼んだ訳ではなかったゆえである。そう、ただ軍議の際に抱いた疑問を尋ねるために呼んだのであった。


 他の君主なら捨て置くだろう疑問も、チンギスは問うべく務めて来た。配下の心を知りたく想うゆえである。そもそも人の本音を引き出すことにかけては、自信があった。ただ『カンよ、君主よ』と祭り上げられるほどに、人は己に本音を話してくれぬようになった。


 やがてそれが離心、更には叛心につながることもあり得ようとの憂いが、チンギスの内にあった。己は生まれながらの君主ではなかった。それどころか、幼くして父親を亡くすという、最悪の始まりである。


 次に待ち構えておったのも、ろくでもない。背丈がゲル車の車軸が越えるほどに成長すると――ようやく殺して良い年齢に達したと――同族のタイチウトに執拗に追われる日々。


 そして長くケレイトのオン・カンに仕えて、己がカンとなり得たは、あくまでその後である。


 そうした時期が長かったからこそ、まさに自らの身の上として――配下がどのような心を抱くものなのか――忠誠心なるものが、まことに移ろいやすく、泡沫うたかたに劣らず消え入りやすきもの――それを良く知るチンギスであり、それゆえのことであった。




(注:本作にての本丸とは?


 西域の平地にある都城・城市にては、多く二重の城壁(外城壁・内城壁)の内に、更にお城があります。これは防御機能を高めた軍事に特化した大建造物であり、一般には城砦・城塞などと訳されます。


 通常、平時であれば、君主は宮殿、城主は館に暮らし、戦時や住民が反乱した時、これに逃げ込みます。


 駐留軍は、これを兵舎とします。無論、軍議など様々な用途にも用います。本書では軍事的機能の観点から本丸と呼んでいます。日本の本丸とは形は似ていません。


 以下、おまけ

 彼の地にも山城はあります。有名どころはイスマーイル派(暗殺教団とも)の山城の数々です。こちらは日本の山城に劣らず難攻不落です)

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