第17話 オトラル戦14:カンクリ騎馬軍の出撃、再び2

  人物紹介

 ホラズム側

イナルチュク・カン:オトラルの城主。カンクリ勢。


ソクメズ:イナルチュクの側近にして百人隊長。カンクリ勢


トガン:同上


ブーザール:同上


カラチャ:スルターンにより援軍として派遣されたマムルーク軍万人隊の指揮官。


  人物紹介終了




 ブーザール隊の統制はもろくも崩れた。ブーザールが敵を迎え撃てと号令する前から、敵の突進に気付いた者たちは我先にと逃げまどっておった。


 モンゴル軍は、迎え撃たんとする少数のホラズム兵を呑み込み、更にはその勢いのままに逃げ惑う兵たちに追いすがる。


 やがて両軍は巨大な2匹の蛇がからまり合うが如くの様を見せる。ただ次次と矢にて倒されるは、ホラズム兵であった。


 入り乱れるは敵も味方も騎馬であれば、その点では大して変わらない。共に遊牧勢ゆえ、馬扱いの技量も弓術の腕もそれほど差がある訳ではない。ただ異なるのは、この状況に持ち込んだ側か、持ち込まれた側かの差であった。この状況を想定しておったか、そうでないかの差であった。


 一方の兵の頭には――見えぬはずのもの――敵・味方の様が上空から見る如くに見え、他方には全く見えておらぬ。その差であった。




 ソクメズは乱戦のさなかにあった。というより、その乱戦こそ、自らが引き起こしたものであった。敵・味方が入り乱れ、矢が乱れ飛ぶ。


 ソクメズ隊は、敵部隊の先頭の通過は許したが、それでも前の方の側面には、突撃をかけるを得たのだった。


 ただブーザール隊を襲ったモンゴル軍との違いは、彼我の数の差であった。明らかに敵の方が多かった。それゆえ、己が意図して引き起こした状況にかかわらず、有利な戦況に持ち込めておらなかった。


 ねらい撃たれるを恐れるゆえに、騎馬を止める者はいない。その中で味方同士、集まろうとする者――ソクメズもその一人であった――は、なるべく統制を保ち、集団を保とうとする。


 敵の将もやはり同じ動きを取る。いくつかの集団が生まれては、消えて行く。ただそもそもの数の差は残る。ソクメズ隊の劣勢は、時を追うごとに明らかとなって行った。


 己が心に『城中へ引き退け』との号令をかけたい想いが生まれては、ソクメズはそれを意思でしりぞけておった。


(城は近い。しかしここで退却に入れば、それこそ敵の思う壺。想うままにねらい撃たれ、自軍将兵の死屍ししをさらし、城下にて全滅の憂き目を見ることになりかねぬ)


 それゆえ次の言葉に代える。


「イナルチュク・カンがきっと援軍に来る。良いか。者ども。必ず持ちこたえよ。生きながらえよ」


「援軍が来る。それまでは戦え」


「イナルチュク・カンが来てくださるぞ」


「戦え。援軍の至るその時まで」


 旗下の5百人隊、その百人隊長・十人隊長にかかわらず、兵にかかわらず、生き残るを得ておった者たちがそう叫ぶ。ことここに至れば、隊長と兵の差はない。共に命をかけ、共に生きんとす。一人が欠ければ、その分、自らの死が近くなる。まさに、一蓮托生いちれんたくしょうの状況にあった。


 しかし、戦とは相手があるもの。いくら、こちらが一丸いちがんとなり、勇猛に戦えど、相手も命がけで挑んで来れば、簡単にはくつがえせぬ。一人減り、また減りする。その先に待つは全滅に他ならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る