第7話:モンゴルの進軍4 アルマリク→フス・オルダ : カンとクラン・カトン、そしてクナン・ノヤン

  人物紹介

 モンゴル側

チンギス・カン:モンゴル帝国の君主


クラン・カトン:チンギスの后妃。第2オルドの主人。メルキトの王女。


キョルゲン:チンギスとクラン・カトンの間の子供。


ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。


ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。


クナン:ジョチ家筆頭の家臣。ゲニゲス氏族。

  人物紹介終了



 アルマリクを発ったチンギスは、西に向かった。天竺(インド)へ向かう玄奘は天山山脈のうちふところにあるイシク・クル湖沿いを経ておるが、長春も楚材もこの湖を伝えない。(グーグルマップでは「イシク=クル湖」。「クル」はトルコ語で「湖」)これほど巨大な湖を伝えないということはありえない。


 それゆえ、チンギスたちは、その北方のイリ川から天山山脈北麓にかけて広がりつつ進軍したのだろう。現在で言えば、カザフスタンのアルマトイあたりの方面へ。(グーグルマップではアルマトイもしくはアルマトゥイ)


 そして滅んだカラ・キタイの首都フス・オルダ(ベラサグン)の手前にてジョチに迎えられた。フス・オルダは現在のキルギスのトクマク(グーグルマップにても同名)の近くにあったと考えられている。ブラナ遺跡の可能性が高そうですが、同定されたという方もおれば、留保する方もおるというのが、現状のようです。(グーグルマップでは「ブラナの塔」で検索可能)




 チンギスはボオルチュと相談して、フス・オルダの近郊にクラン・カトンを残すことにした。初戦に敗れれば、ここにて再集結を図り、迎戦をなす計画ゆえであった。


 ここは水も草も豊富であり、大量の馬群を保つを得る。野戦最強を自任するモンゴル軍にとっては、周りを十重二十重に囲む騎馬の大軍こそ、難攻不落の城塞に等しかった。


 サイラームからは、特にホラズム軍に動きがあるとの報告は、未だ無かった。ただジョチの時のホラズムの対応を見る限り、シル・ダリヤ川へと迎撃に出て来る可能性は高いと想われ、初戦はそこでなすとの想定での、この備えであった。


 チンギスの心配をよそに、クラン・カトンが前線にこだわることは無かった。(注 少し後で出るクナン・ノヤンとまぎらわしいので、以下、クラン・カトンの方はカトンとする)


 カトンが目にするのは近衛隊ケシクテンの兵ばかりで、それはモンゴルにおる時と何ら変わらなかった。ただ合流する際に挨拶に来る王子たち、ノヤンたちにチンギスと共に謁見するカトンである。こたびの西征にとても多くの軍勢が参加しておることを知り、さすがに己が出る幕は無いと考えたのである。


 ただ謁見する度に「我も男なら、前線に赴かずにはおかぬものを」と悔しがるは、まさにこの者の性格のゆえであった。それでもカトン自身気付かぬも、チンギスが一人で謁見するのに比べれば、自ずとなごやかな雰囲気をその場に与えることとなった。




 戦を控えるとなれば、当然チンギスといえど、ほがらかさとは無縁とならざるを得ぬ。王子たちにしてからが、というよりむしろ、王子たちこそが誰よりもいかめしき顔にて挨拶に来れば、ノヤンたちもこぞってそうなるは致し方なきもの。


 ただ何事もそうだが、数少ない例外という者はやはりどこにでもおる訳で。その一人のクナン・ノヤンは、ジョチと共に挨拶に来た。カトンが子のキョルゲンに、ジョチへのご機嫌伺いのあいさつをさせる様を、好々爺の如く、さもうれしげに見ておった。


 そして去り際、次の冗談を言い残した。

「残念ですな。キョルゲン様の初陣には、こたびの戦は早すぎるようです。カトンのお言葉に従い、厳しく指導せんと、その日をいつかいつかと切歯扼腕して待っておりますのに」


 ただ、それを聞いたキョルゲンがまたまたかしこまるということになったのであったが。




 チンギスは、最終的にカトンに直属する百人隊に加え、千人隊五隊を留め置くことにした。


 最初、それを告げられたカトンは「我を守るのに、そんなにいらんぞえ」と即座に拒んだ。


 『初戦で敗れた場合、ここを拠点とすること、敗軍を立て直すには、時が必要であること、その間、ここに残して行く隊が矢面に立って、追い迫る敵を防がねばならぬ。そのためであること』


 それをチンギスが順を追って説明しても、カトンは本当だろうかとの表情で、20才以上年長の夫の顔をうかがうのみ。


「キョルゲンもおるのだ。そなたは戦えても、あの子は戦えまい」


 とチンギスが告げるに及んで、顔には明らかに不満を浮かべておったが、ようやく説得に応じたのであった。

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