第6話 モンゴルの進軍3:ビシュバリク→サイラム湖→四十八橋→アルマリク
前書き
本話は進軍を除けば特に何が起きている訳でもないので、読み飛ばしてもらっても良いです。前半は、グーグルマップを見つつ、かつてチンギスが進軍した経路沿いの旅情を味わっていただければと想い、書いてます。後半はダルガチの説明などと共に、この時のモンゴル勢の変化を述べてます。
前書き終わりです
重複をいとわずに記すと、チンギスはアルタイ山脈西麓を流れるウルングゥ川・イルティッシュ川流域で夏営し、秋に進軍を再開した。
天山山脈北麓のビシュバリク(唐代の北庭)の手前にて、ウイグルのイディクートに迎えられた。ここで前話の哈刺某の件があった訳です。
そのまま『東の天山山脈』の北麓沿いを進み、その西方に連なるボロホロ山脈(天山山脈の支脈)のやはり北麓沿いを進む。
その後、サイラム湖に至る。(シルダリヤ北岸のサイラームとは全く別の地。グーグルマップでは「サリム湖」で検索できます。表示は「赛里木湖」です)ここは標高高きところにあってなおその四囲を山々に囲まれるという天与の夏営地と言って良いほどのところである。
湖を過ぎると、その南の険しき山峡の地を越える。その地にては、チャアダイが石をうがって道を通し、幾本もの急流を渡るために四十八本もの橋をかけたこと、しかも車二台が並んで通れるものであったと、長春の西遊記が伝える(注1)。それゆえ、やはりチャアダイがチンギスを出迎え、先導した。
サイラム湖と四十八橋についていえば、後代の清国の徐松の『西域水道記』が伝えています。これにより、旅情を味合っていただくのも、一興でしょう。訳してみます。
『湖はまさに円[形]であり、その周囲は百余里です。雪山が囲み、いわゆる[長春の名づけたところの]天池海です。
湖に沿って五十里を南に行くと
溝[=谷川]の水は南流し[←つまり下り斜面にて]、勢いははなはだ湍[=速く]急である。木橋を架けて、以て車馬を渡す。[山]峡の長さは六十里であり、四十二橋を為す。即ち、四十八橋の遺趾である』(注2)
[ ]内はひとしずくの鯨による補足。
車馬の渡れる木橋が四十二橋も残っておったのです。恐らく余りに有用ゆえ、修繕しながら長く保たれたのでしょうが、最初の造りがしっかりしておらなければ、それもかなわないでしょう。
旧金国人を大量に動員して作ったと想われます。実際に長春はその帰途にアルマリクにて、チャアダイに属する工匠集団の頭とおぼしき張公という人物に会っており、その配下を四百余と伝えます(注3)。清代では60里はおよそ35キロとなります。まさに大工事です。(グーグルマップでは「果子溝」で検索できます)
四十八橋を越えると、イリ渓谷がうるおすところのアルマリクです。アルマリクは現中国の新疆ウイグル自治区北西部にあるグルジャ(クルジャ。中国語名
ところで、このアルマリクにはダルガチが配されます。(前話の哈刺某も元史によれば、子の代でダルガチに任命されております)ダルガチは主に定住地に置かれ、カンの代理人として、その権益を確保します。ここでは農産物の確保を目的としたものと想われます。
これまた鎭海城近郊における屯田命令、そして前話の
兵糧として乳製品や干し肉より、穀物が優れるは、備蓄・運搬の観点から明らかでしょう。穀物の方が常温でより長期の保存が可能であり、また重量あたりの栄養価も高くなります。
その哈刺某の伝では明らかに牧地を潰して、農地にしておりました。そもそも、『その土地を牧地とするか農地とするか』に始まり、『農地として確保したとしても、家畜が農作物を食べるということ』もあり、この農耕・遊牧の両立というのは、時にはトラブルに発展します。
自ずとモンゴル内では遊牧諸侯の地位が高く、どうしても農耕が圧迫されます。チンギスのこれらの命令・任命は、農耕保護を目的としたものと想われます。それがチンギスによるものならば、誰も文句は言えません。
農耕や建築技術など、それまでその社会に無かったものを貪婪に吸収して、モンゴルが急速に帝国の相貌を帯び始めておることに、気付かざるを得ません。西征がその契機となったは明らかでしょう。
そのアルマリクの手前にてカルルクのアルスラーン・カンとスクナーク・テギンに迎えられた。イディクート、アルスラーン、スクナークいずれもチンギス一族の王女を与えられたところの、古き血筋を誇る草原の名家の出です。
注1:岩村忍訳『長春眞人西遊記』筑摩書房 1948年 70貢
注2:那珂通世訳『成吉思汗實錄』筑摩書房 1943年 415貢にある那珂の引用(漢文に返り点付き)
注3:注1の前掲書119貢
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