第14話 和平協定 終話(モンゴル使節団)カクヨム版

 世界は春の息吹の中にあった。


 ザラフシャーン川より分流される運河の流域をひとたび離れると――夏枯れの季節の到来と共に、この地はまさにその名キジル・クム(赤い砂)にふさわしきものとなるのだが――頃は晩春であり、まだ雨の恩寵に預かるを得た。


 そう、この地は春に雨が多く、夏は日照るのが定番であった。


 土地柄ゆえあくまでまばらではあれ、草はたけを伸ばし、木は新緑となる。チューリップなどが色とりどりの花を咲かせて虫を呼ぶ。その虫を追って小鳥も来る。


 土色にまぎれ不意に逃げ去るトカゲは、陽光を求めて顔を出しておるのであろう。まれにガゼルが顔を見せることもあった。


 そしてその様を心ゆくまで楽しむを得たのは、北に戻るモンゴル使節団であった。無理もない。カンの命を達するを得たのだ。


 無論断られたとしても、それで首をはねられるというほどに、カンが頑迷でないことは知っておる。しかしカンに報告する時を想像するならば、雲泥の差であった。


 更には予想以上にスルターンは気前良く、カンへのたくさんの贈り物を授かった。


 やっかいな相手であったが、それを考えても今回の結果は上出来と言えた。想わず笑顔が漏れる。




 シルダリヤ川が近付くにつれ、そこからの水路がうるおす畑にては、一面の麦穂が風に揺れておった。その風が、畑の方から歌声を運んで来る。風は心地よく、日もまた然り。


 しかも我らは平和の使者。監視を兼ねるホラズムの護衛兵がおらねば、住民と協定締結の祝杯を上げ、この春の陽気の喜びを分かち合いたいと想うマフムード・ヤラワチであった。


 今日中にザルヌークに着けば、明日にはシルダリヤ川を渡り、オトラルに至れよう。


 ムスリムとしてもこの国の出身者としても、今回の結果は喜ばしきものであった。ムスリム同士で殺し合うのは当然望まぬことであるし、何よりこの国、特に地元のホラズム地方には多くの親戚しんせきもおれば顔なじみもおるゆえに。


(全てはうまく行った。これでサイラームではずのカンの隊商にもようやく良い報せを届けることができる)


 それを想うと、今度はヤラワチの顔から大きく笑顔がこぼれた。

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