第13話 謀略2 カクヨム版

 一行は白のターバンと白の上下によそおいをそろえた。ただ上に羽織はおるチャパン(コートの如くのもの)は、色とりどりの縦縞模様で華やかである。砂漠の風砂よけに加え、夜の冷え込みに備えてであった。


 各人の替え馬を伴って出発した。男11人であった。




 早くにたどり着こうと、巡礼者たちを追い抜き、馬にムチ打って先を急いでおる時であった。ホラズムの軍旗を押し立てて、数騎が追い抜いて行った。明らかに伝令隊であった。




 それで、この先のやや大きな城市ヌールに着くや、役所に向う。頃は夕刻に近く、役所は閉まっておった。そこの夜警に尋ねると、役人はまだ役所内に残っておるとのこと。呼んで来てもらった。


 役人は不機嫌そのものであった。


 副長老が伝令が来たか否かを問うと、「来た」との返事であった。それで次に、どのような内容であるかを問うと、入り口の立て札を指さされる。


 見逃したかと想い、急ぎ行って確かめる。案の定、スルターンがモンゴルのカンと和平と交易の協定を結んだことが、記されておった。


 こうなってしまっては、我らが公布を催促したことが、この状況を生んでしまったのか。まさにやぶ蛇となってしまったか、そう想わざるを得なかった。


 これで、協定締結の報せがオトラルに至ることが確実になった。イナルチュク・カンが隊商を留めることは、全く期待できなくなったということだ。つまり何が何でも隊商より先に赴かねばならなくなった。



 であった。このヌールの役人より想わぬ情報がもたらされ、焦らざるを得ぬ状況となった。


 本当なのか口実に過ぎぬのか定かならぬが、礼拝に行かねばならぬと、役人は去ろうとした。強引に引き留めて、副長老がディナール金貨一枚を与えると、役人は途端に饒舌になったのであった。


 何とモンゴル使節団が、ここを通ったという。それを聞いた我らは、想わず顔を見合わせた。


「てっきりサマルカンドを経由して帰るものと想い込んでおった」


と一行の中の一人。


「この近くまではブハーラーから運河が伸び、またここは泉が湧くゆえに水に苦労しませぬ。ただここから先は、そうは行かぬはず」


と〈デコの広い者〉が言えば、


「公式の使節団なら、あえて自ら水不足におちいる如き経路は取らぬもの」


と一行の中の他の一人が同意を示す。


「この地にくわしくないゆえでしょうか」


と〈唇薄き者〉。


「しかし護衛隊が付いておるとの目撃情報も確かにある。いくら使節団がそれを望んだとしても、護衛隊が強く反対するはず。水が足りず、行き倒れになってしまっては元も子もない」


と副長老は、未だ納得が行かぬ。そこで更に役人に尋ねると、今年は例年になくキジル・クムに雨が多いことが分かった。


「鋭敏にそれを知ってここを通ったのだ。しかしどうやって知ったのだ」


と更に別の一行の中の一人。


「そもそも、このあたりに協力者がおったのか」


と〈太っちょ〉。


「おっても不思議はないか。使節団の半ば以上はムスリムであり、しかもこの国の出身者であると聞く。恐らくあらかじめ最短で帰れる経路を探らせておったのだろう」


 〈太っちょ〉が苦々しく自ら結論を下す。


「全く何かと準備の良い奴らだ」


「やはり警戒すべき輩だ」


 そう皆が憤懣ふんまんを口にするのを聞きつつ、


(いまさらどうしようもない。これでこちら側の余裕分と計算しておった六、七日が更に吹き飛んだことになる)


 と副長老もまた、憤懣やるかたない想いを抱かざるを得なかった。そしてその使節団の様子をよりくわしく知りたく想い、尋ねる。


 やはり先を急いでおったという。そして護衛隊は、ここで丸一日休むことを欲した。しかし使節側に押し切られる形で、休まず進発したという。


「この先は水が得られなくなるので、通常であれば休むものだが」


と一行中の一人。


 護衛隊長は水が足りなくなった時に備え、ラクダ十数頭を臨時で買い入れ、水を入れた革袋をその背に積んで同行させたという。更には、水を携えさせたラクダ隊がキジル・クムを迎えに来るよう手配すべく、オトラルに早馬を発したとのこと。


「まさにスルターンの客人でもなければ、受けられぬ高待遇だな」


 副長老はそう独り言を言ってから、一つのことが気にかかり、問うた。


「護衛隊長は誰が務めておるのですか」


(例えスルターンの御旗を授かって同行しておるとしても、そうそうオトラルのイナルチュク・カンには頼み事はできなかろう。ならば同格の将が就いておるのではないか)


 そう考えたのであった。


「オグル・ハージブ様です」


との返答を得る。


(やはりか)


 今度は副長老は心中にてに留めた。それとともに、一つの悔いが心に湧きいずる。


(スルターンが自らの信任あつき者に護衛隊長を託す理由。それはただ一つ。協約の締結に他ならぬ。我らは日数を無駄にしたのか。モンゴル使節出発の日に、もう少し注意深く情報を集めておったならば。我らは宮廷のみを見ておった。スルターンの動きのみを追っておった。

 もっと注意深く使節団の帰還を追うべきであった。その出立の日には、締結は成っておったと知るを得たものを。ならば、かように急ぎせねばならぬ状況に、追い込まれることはなかったものを。

 しかも抜かりのないことに、水を運ぶラクダの手配まで。まったく何ゆえ今回スルターンに護衛隊長を託された者が有能であるのか。これで使節団が水不足のために立ち往生したり、引き返して来る可能性は全く無くなった)


 モンゴル使節団がここを発ったのは九日前という。


 我らもまたここで丸一日休む予定を取りやめ、次の朝には発った。




注 ヌール 現在のウズベキスタンのヌラタ。ブハーラー(現ブハラ)の北東約140キロほどのところにある。

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