第6話 始まり 終話

登場人物紹介

モンゴル側

ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。


ジェベ:チンギスの臣。四狗の一人。ベスト氏族。


スベエテイ・バアトル:チンギスの臣。四狗の一人。ウリャンカイ氏族。



ホラズム側

スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主。



ナイマン勢

グチュルク:ナイマンのカン。先代タヤン・カンの子供。

カラ・キタイ最後のグル・カンの娘婿でもある。



カラ・ハン朝(この時の領土は、実質的にサマルカンド及びその近郊のみ)

オスマーン:カラ・ハン朝の最後の君主


登場人物紹介終了



 ジョチ部隊とスルターン軍との交戦はメルキト勢がホラズム領に逃げ込まんとしたゆえに起きたという点では偶発事ぐうはつじであったが、起こり得る状況ではあった。


 そもそもジョチ部隊がこの地へ到来したのは、一二一六年から一七年にかけてなされた遠征の一環であった。モンゴルが金国征討にになっておる間に勢力を回復したナイマン、メルキト連合の残党壊滅を目的としたものであった。他にナイマンのグチュルク征討にジェベを、メルキトのクトゥとチラウン征討にスベエテイを発してと、かなりの規模でなされた。


 その進軍路にある遊牧勢力は、率先そっせん降伏するか逃げるかの二者択一を迫られた。当然ホラズムも含めた周辺国は警戒の念を強くしたはずである。


 加えてホラズムは遊牧帝国のカラ・キタイに長く苦しめられた経験がある。そしてその瓦解がかい後にスルターンはシルダリヤ川の北のビンカス(注1)やサイラーム(注2)などの諸城市じょうしを一度は支配下に置いた。


 しかしカラ・キタイ勢の残党を糾合きゅうごうして強大化したグチュルクを警戒する心は強く、またこれらが格好の略奪目標となり、その軍を引き入れかねぬこと、更に最悪なこととしてシルダリヤ川南岸への侵攻の中継基地として利用されることを恐れたスルターンは、これら諸城市の放棄・破壊を命じ、他方でシルダリヤ沿岸のホジェンドやオトラルに駐屯する守備隊を増強した。


 かように遊牧勢力の侵攻を警戒するスルターンが、モンゴルの遠征の動きを聞き知ったならば、追われる側であれ追う側であれ、その軍勢が国境を侵すことは十分にあり得るとして、出撃に備えたのも当然といえる。そこへまさにメルキト勢の北方国境への接近が伝えられて、今回の出撃、交戦となったのであった。


 そしてスルターンにとって、このモンゴルの遠征は大きな変化をもたらした。新たな脅威となるのではと恐れたナイマンのグチュルクは、モンゴル軍の追討を受け、いずこかへと逃走しておった。


 そしてそのモンゴル軍をもスルターンは自ら追い払った。そしてそれ以来、モンゴルは恐れを抱いてか、姿を見せぬ。


 遂に北の脅威を完全にのぞき去るを得たのだった。


 またこの時までに、スルターンはセルジューク後の覇権を争ったグール朝(注3)に勝利し、そのほとんどを臣従させておった。

 

 またサマルカンドにて余命をつないでおったカラ・ハン朝の最後の君主オスマーンを自ら手を下すことにより滅ぼした。


 その版図はそもそもの領土ホラズム地方にソグド、ホラーサーン、グール(注3)の地を加えたものとなっており、現在の国でいえばイラン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、アフガニスタンにまたがる広大なものであった。


 自ずとスルターンの視線は次の軍征をみすえることになる。とはいえ、スルターンもすぐには動かぬ。モンゴル軍を追い払った後、サマルカンドに戻ったスルターンは、新たな軍事行動を夏の暑さを避けて秋以降として、まずは兵馬に十分な休息を与えることにした。




注1 ビンカス:ウズベキスタンの現在の首都であるタシュケント。



注2 サイラーム:ペルシア語名はイスフィージャーブ。タシュケントの北にあるシムケント近郊にある。(シムケントのおよそ14キロ東南東。カザフスタン国内)。



注3 グール朝及びグール勢:日本では一般にゴール朝とされる。アフガニスタンの山岳によって永らく独立を保ったが、ガズナ朝に服し、次にセルジューク朝に服す。やがてセルジュークの弱体化に伴い、独立、強国となった。最盛期はギヤース・ウッディーンとムイッズ・ウッディーンの兄弟の在位の時であり、ホラズムやカラ・キタイと激しく争った。


 その住地から推測されるのと異なり、グール勢はペルシア語を話した。ただ隔絶した山地におったゆえか、他の地域のペルシア人と言葉を通じさせるのには困難が伴ったという。当時、アフガニスタンの山岳はグール勢の世界であり、その地はグールと呼ばれた。

 

 現在のアフガニスタンで多数派を占めるパシュトーン人がこの地に広がり、支配下に置くのは、ずっと後のことである。ただしパシュトーン人は遠い別の地からやって来た訳ではなく、他の勢力が強いため、住地がせばめられておったのである。



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