体操おじさん覇権を握る

おもちさん

体操おじさん覇権を握る

 都内某所、会場には大勢の青年が押し寄せていた。見渡す限りが20代の高身長イケメンで、肩書も俳優にモデル、歌手や声優など。人前に出る仕事であるので、誰もが見た目には心を砕いていた。それがオーディションとなれば尚更だ。


 本日の主催者は、教育番組の製作委員会だ。長年「体操のお兄さん」としてお茶の間を魅了した、ベテラン俳優の後釜を探そうという趣旨である。


 選定する側も、番組人気に直結するとあって、人選には注力する。子供ウケはもちろん、育児で疲弊した主婦層を魅了する必要がある。選考員が女性スタッフばかりであるのも、そんな理由からであった。


 今も、部屋の中央に座る1人の青年に対し、何人もの厳しい目が向けられていた。



「合否については番組ホームページにてお知らせします。お疲れさまでした」



 長椅子の端に座るスタッフがそう告げた。すると部屋の中央でパイプ椅子に座る青年は、爽やかな笑顔を浮かべた。そしてキビキビとした仕草で立ち上がり、キレイなお辞儀の後に立ち去る様は、オーディション慣れした仕草だと言える。



「今の子良いなぁ。すっごい採用したい」


「そうですか? 確かにイケメンだけど、きつめの顔立ちですよね。子供ウケは悪いんじゃないです?」


「そこはアレよ。前回のお兄さんと方向性を変えたって事にして」


「今日は課長の婚活じゃないんですけど。オーディションなんですけど」


「分かってるよ。好みだけで選んだりしないから」


「でも例えば、さっきの人を採用してですよ。どこかでご飯に誘われたら?」


「そりゃもちろん、いただきます。色んな意味で」


「やっぱり婚活じゃないですか」



 そんな華やぐ声を、仏頂面で聞き流す男が居た。プロデューサーである。老練な彼は、今でこそ教育番組に携わっているが、志向は深夜バラエティ寄りだった。


(何かとんでもねぇ事してぇなぁ)


 世間をアッと言わせたい。固定観念を、悪習を破壊してしまいたい。そんな願望が、茫洋とした瞳の奥に渦巻いている。しかし教育番組において、前衛的かつ革新的な手法は好まれない。仕方なく彼は、浮かぶアイディアの大半を捨て去り、穏当なものだけを選ぶ日々。オレも丸くなったもんだと、自嘲する気持ちは今日も濃い。



「次の方、お入りください」



 プロデューサーは眉をしかめながら入り口を見て、胸の内を曇らせた。どうせ誰が来ても似たり寄ったり、トリミング後の室内犬みたいな面ばかりだろう。身ぎれいにして、従順な目で、言われた通り駆けずり回るに違いない。



(そんなにも飴玉にありつきたいか、くだらねぇ)



 彼は悪態をつく代わりに、大あくびを室内に響かせた。そうして向けた眠たげな瞳だが、やって来た男を見るなりクワと見開いた。何せ現れた姿が、初老の上にでっぷりと太っていたからだ。ジャケットにスラックスと、身なり自体は悪くないが、身体の随所に老いが見える。特に首元や頬の余り肉は重症だった。


 思わずプロデューサーは、隣の女性陣に視線を送ってみた。そこでは誰もが、口を半開きにして硬直するばかりになっている。



「あの、ここは教育番組オーディションなんですが、お間違いでは……?」



 若いスタッフが堪りかねて告げると、男はにこやかに答えた。間違いありませんと。大型犬の様に人懐っこい笑みを浮かべながら。


 このいかにも、中途採用を受けに来ました的な男も、体操のお兄さんを目指していると言う。番組側も年齢制限など設けていなかったため、仕方なく対応せざるを得ない。



「エントリーナンバー117番。希少院武蔵(きしょういんたけぞう)53歳です。よろしくお願いします」


「ええと、希少院さん。なんていうか、格好良い名前ですね」


「別段、名家という訳ではありません。普段から、名前負けすると笑われてしまいます」


「そうなんですねぇ、アハハ」



 質疑応答する女性スタッフの脇腹が、軽く小突かれた。さっさと終わらせろの合図である。



「どうしてオーディションを受けようと?」


「私は仕事一筋で生きてきましたが、それが虚しく感じられまして。何か社会の役に立てないかと思い悩んだ結果、子供に笑顔を与えられる仕事に興味を持つに至りました」


「なるほどですね。でも、体力の要るポジションなので、中々難しいのでは……」


「それに関しては心配ご無用です。この日の為に頑張って鍛えて参りました」



 武蔵はCDラジカセをバッグから取り出し、再生した。流れるのは、現在番組内で使用される音楽だ。彼は年齢を感じさせない、キレのある動きで踊ってみせた。振り付けは完璧で、努力の跡が垣間見えるようだ。


 ただし、飛び跳ねる度に首の肉がタプタプと鳴ってしまう。頬肉も蝶が舞うような軌跡を描いて、良くない主張を繰り返す。ダンスの技量よりも、そちらの方へ眼がいってしまいそうだ。


 こりゃダメだ。女性陣が驚きつつも呆れる中で、プロデューサーだけは大笑いして腹を抱えた。彼が笑う姿は珍しく、それこそ旧来の友のみが見かける程である。



「良いね良いね。ほんと面白いよアンタ、採用」


「ちょっとプロデューサー! 勝手に決めないでくださいよ!」


「お前らはさ、今のダンスを見て何も思わないのかよ。スゲェ見入ってただろうが」


「そりゃそうですけど。でも、このポジションは主婦層も虜にしなきゃいけないんです! それがこんなデブおっさんじゃ……」


「んな事ァ知るか。教育番組は子供達の為にあんだよ」


「その子供ウケだって、良いか悪いか分からないでしょ!」


「だったら試してみるか。二次会場だ」


「にじ、かいじょう?」



 プロデューサーは、理解の及ばないスタッフを引き連れて公園へとやって来た。その後ろに数名の俳優やモデル、そして武蔵も続く。日曜の午後という時間帯だ。付近は親子連れの姿が多く見かけられた。



「ここいらはお子さんだらけだ。誰が子供ウケするか、実際に確かめようじゃねぇか」



 予定に無かった二次試験は、その日のうちに執り行われた。そして大差をつけての結果が、すぐに明らかとなる。


 時は流れて半年後。ライブ放送の番組内では「下り坂お兄さん」が引退を告げ、次代にバトンタッチしようとしていた。



「次のお兄さんはね、ええと。「タケゾウおじさん」だよぉ!」



 紹介されたのはあの初老の男、武蔵であった。今もなお太っており、衣装のサイズは特注品。おかげで番組ロゴが酷く歪んでしまい、大人でも注視しなければ認識できない程だ。


 一歩間違わなくとも放送事故。その様をプロデューサーだけは、腹を抱えながら見守った。



「良いよ良いよ。最高の逸材だよコイツ!」


「プロデューサー、さっきからジャンジャン苦情の電話来てるんですけど。メールもわんさか」


「勝手に言わせとけ。全部無視すりゃ良いさ」


「ほんと酔狂。スポンサーに怒られても知りませんから」


「コイツの真価を見ちまえば、世間の認識は変貌する。年齢も、容姿も無意味だって事をな!」



 やがて番組は歌のコーナーへと差し掛かった。武蔵の踊りが、タプタプと舞う余り肉が全国区で放映されたのだ。


 クレームは、見苦しいと憤る声が大半だった。しかし、子供たちが笑い転げるのを見るうち、苦情の電話もトーンダウンしていく。子供からの評判は上々も上々。たちまち絶大な人気を勝ち得てしまった。


 武蔵の奇跡はまだ終わらない。例えば、たそがれ泣きの乳児が踊りを見て泣き止んだ。例えば、ワガママ盛りの息子が、タケゾウおじさんに嫌われると言うだけで言いつけを守るようになった等々。当初こそクレームの嵐であった所、数回の放送を経た頃には絶賛の声が寄せられるようになったのだ。



「なんか、人気出てきましたね。武蔵さん」


「こんなもんじゃねぇよ。まだまだ始まったばかりだ」



 実際、プロデューサーの目論見は的中した。それは子供から寄せられたファンレターを介して起こる。その返答を、武蔵自らがしたためたのだ。しかも手書きの筆書きで。



――いつも ばんぐみをみてくれて ありがとう。

バパとママのいうことを、ちゃんときいてね。

おてつだいもしっかりして、おやさいも、ぜんぶたべてね。

そうやって、おじさんみたいな、おおきなおとなになるんだよ。



 これは効果テキメンで、返事を貰った子供たちは途端に態度を改めた。これにはワガママに悩む保護者も大喜び。称賛の声はいよいよ大きくなり、もはや一大ブームと呼べる程にまで膨らんだ。


 こうなれば武蔵は多忙の身だ。CMにバラエティ番組、映画に特集番組と引っ張りだこで、彼を見かけない日は無い程だ。彼の姿は好感を持って受け入れられている。不格好なおじさんであっても、輝く事はできるのだと人々を勇気づけるのだ。


 しかし、そんな快進撃も長くは続かなかった。タケゾウ旋風が吹き荒れて半年も過ぎた頃、彼は芸能界から姿を消してしまった。



「元気かよタケゾウさん。つっても、入院患者に元気もクソもねぇか」



 プロデューサーは、とある病院へ見舞いに訪れた。病室では、薬の副作用から眠りこける武蔵の姿があった。多忙が祟って持病の悪化を招き、今もこうして療養中である。



「短い夢だったけどさ、楽しかったよ。アンタさえ良けりゃ、オレに声をかけてくれ」



 サイドテーブルに置いたのは新番組の企画書、そして彼自身の名刺だ。それからは無言のまま立ち去り、病院を後にした。


 それから4年、5年と年月が流れても、武蔵はメディアの舞台に現れる事は無かった。ネット上では、病死説や干された説が囁かれるなどするが、大半の人々は忘れ去った後である。


 そんなある日の事。少女が母の手に引かれて街中を歩いていると、ふと足を止めた。視線の先には「恵まれない子供たちに」との言葉を繰り返し、募金を頼む老紳士の姿があった。


 少女は、逆走する様に母の手を引っ張り、そちらへと歩み寄った。



「ねぇねぇ、タケゾウおじさんでしょ?」


「こ、コラ! 急に何を言い出すの、人違いでしょ」


「えぇ? 間違いないよママ。体操のおじさんだってば」



 母親は申し訳ないとばかりに、小銭を募金箱へ投じた。しかし愛娘の攻勢はまだ終わらない。



「ねぇおじさん、踊って踊って! ちょうちょ体操、大好きだったの!」


「やめなさいミカ! こんな街中で、失礼でしょ!」



 母親の心配をよそに、老紳士はにこやかに微笑んだ。彼は帽子を少女に手渡すと、落とさないでねと告げ、預けた。そうして披露されたのは迫真の踊りだった。人前でも全く物怖じしないメンタルは、素人のそれとは一線を画す。


 驚いた母親は、そして瞳を輝かせる娘は、確かに見た。程よく痩せた頬の傍で舞う、余り肉の影を。



ー完ー

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