第3話 後悔と交わり
俺は空いた時間に途中から仕事に入り今日の分を終えた。
「こんなもんか……」
いくら歩合制だとしても途中から仕事に入れば、当然貰えるお金も減る。
俺は片手に雀の涙ほどのお金を握りしめて、家へ帰った。
さて、仕事が終わればステータスの検証だ。まずはトレーニングで身体能力が上がるかだ。
だが俺は生憎、筋トレなど本気でやったことは無い。トレーニング用器具も無ければ、そういう施設へ入ったことすら無い。
ただそれなら今すぐ一番手っ取り早く出来るものとしたら、ランニングくらいだろうか。
そうと決まれば俺は、カイとアマリアに言って家を出た。
手始めにランニングコースは王都ミューリアの大広間をぐるぐる回るだけでいいか。
ミューリアの中央には大きな噴水広場があり、人が沢山歩く大通りより空いているため、走るには丁度いい場所だ。
家を出て、大通りを進み、噴水広場へ出る。
噴水広場はよくカイが遊び回っている場所でもあり、ここの賑やかさは大通りの人混みより優しさがある。
「さて、走ってみるか……」
さぁ走ろうとしたその時、横からアレクに声を掛けられた。てっきり仕事終わりは酒でも飲んで家で寝てるかと思ったが、たまたま今日に限っては風に当たりたい気分だったらしい。
「こんなところで何してんだゼクト」
「よぉアレクか。変な話だが、例のステータス検証だ。だから軽くここをランニングしようと思ってんだ」
「仕事終わりに良くそんな体力あんなぁ。んじゃ俺は側で見てるよ。俺は別に体力作りしに来た訳じゃねぇからな」
俺はアレクの言葉に、ランニングの前にもう一つ試したいことを思い出した。
俺は別にスタミナがある方でも無い。この噴水広場だって全力で走れば直ぐに息切れを起こす。
それならスキルの【平和主義者 Ⅰ 】を試してみるか。1分間何もせずにじっとしているだけで体力が2倍に上がる。
まぁ、元々あまり無い体力が2倍になったところでっていう話だと思うが、試す価値はある。
俺は走る初期地点に立つと何もしていないように見せかけて1分間深呼吸をする。
……。特に体に変化は感じられないが、これで体力が2倍になったのだろうか?
「よし、行くぞ!」
これはあくまでも検証であって本格的な体力作りでは無い。
俺は地面を勢い良く蹴り付けて、初っ端から全力ダッシュを始める。
俺は足も特に速い訳では無い。というか人より遅い方だ。そのせいか初めから全力ダッシュするも、身長178cmという巨体がもろに空気抵抗を受け、まともに走り方を知らないので、全くもって走る時の爽快感は感じられなかった。
ここの噴水広場を子供が全力で一周すれば大体3〜40秒程だが、今の俺には1分以上も掛かってしまった。
「お前、そんなに足遅かったっけ? 別に咎めるつもりはねぇけどよ。子供の頃から一気に身長伸びてったのに、子供より遅えのは流石にねぇだろ」
「うるせぇよ。じゃあもう一周するぞ!」
それから俺は体力の限界までがむしゃらに走った。と言っても約30分間で記録は15周くらい。
いくら体力2倍と言えど、疲れない訳ではないようだ。走れば走るほど足が辛くなってくるし、呼吸も荒くなる。
最後の1周とか息は切れ、地面にぶっ倒れる程だった。
「ゼェ……ゼェ……はぁー久しぶりだわこんなに走ったの……」
「お疲れさん。水買ってきてやったぜ」
「お、ありがとう。ははは、検証とか言ってたくせに疲れ果てるまでやっちまったぜ。途中で楽しくなってな」
アレクから冷たい水の入った瓶を投げ渡されると俺は、座った姿勢のまま水をがぶ飲みする。
全力で走ったことで疲れ果て火照った身体に水が染み渡り、普通に暑くて飲む水より遥かに美味しく感じた。
全力で身体を動かしたのは10年以上ぶりで、アマリアと結婚する前の、付き合ってる頃なら良く友人と遊びまくっていた記憶がある。
それはさておき、走っている途中は気づかなかったが、ステータスには何か変化はあったのだろうか? 例え変化が無くとも今回は楽しかったから良しとしよう。
ステータスを念じると青い窓が現れた。
内容を見ると確かな変化があった。
体力がDからD5になり、敏捷がFからEへとランクが上がっていた。これで成長したと言えるのだろうか?
「さ、そろそろ帰るか」
「お、帰るか。じゃ、またな」
成果を確認したいところだが、さすがにもう疲れた。やるなら明日にしようと、俺はアレクと別れて帰路についた。
◆◆◆◆◆◆
家への帰り道を歩き始めて数分、以外と日常茶飯事な気もするが、できれば聞きたく無い音が真っ暗な闇が続く路地裏の奥から聞こえてくる。
俺はふとその音に耳を貸し、路地裏の奥をなんの理由もなく覗く。男の叫び声と呻き声が交互に聞こえる。
「全く、近所迷惑な野郎達だ……」
路地裏の奥は、ホームレスや失業して当てが無くなった者、孤児から難民が集まる地域となっており、例え気になっても部外者は絶対に立ち入ってはいけない領域となっている。
だが、俺は男の呻き声の方に何故か聞き覚えがあった。思い出せば昨日の朝に聞いたことがあるような気がする。
立ち入ってはいけない理由は唯一政府から黙認されている場所で、無法地帯だからだ。幾ら助けを呼んでも、幾ら命乞いをしても、この闇の奥では通用しない。
一度入れば決して戻ることは出来ず、絶望か死しかこの先には無い。
だが俺はそんな領域に足を踏み入れてしまった。呻き声の正体とは、正しく昨日の朝に乾パンを半分千切って食べさせた少年だからだ。
少年は2人の男女に見られながら、1人の男に殴られ、蹴られ、体がいくらボロボロになってもいつまでも止めてくれとしか言わない。
早く逃げればいいものを、何故そうしない?
「本……当に、分からない……んだ」
「駄目だコイツ。殺すしかねぇな。逃したら何されるか分かんねえ」
「後始末は自分でやれよ。俺らはもう見飽きたわ。んじゃ」
少年が嬲られる姿を見ていた男女は飽きたと言って先に闇の奥へ消えていった。
そして残るは男と少年の2人だけとなった。
少年はただただ分からないと言っているようだ。何が分からないのか。
男が何を聞いても少年は『分からない』としか話さない。まるでこの闇のことさえも知らない程に。
俺はそんなことが有り得るのか? と、1つの考えが思いつく。
まさか『難民のルール』を知らないで路地裏に入って行ったのかと。
路地裏には路地裏で暮らす人々の暗黙のルールがある。
路地裏で暮らす人々はその無法地帯さに勝手にそこをスラムと呼んでおり、組織や縄張りを作って、相互不干渉や侵入禁止、闇取引などに使われ、それが一般人の侵入を厳禁にしている理由にもなっている。
そして今、俺の目の前で殺されようとしている少年はルールを破った者か、一般人の差し金だと思われているに違いない。
ただこんな状況や出来事も日常茶飯事。例え友人が路地裏に迷い込んだとしても、相当仲が良くない限り助けようとするお人好しはそうはいない。
だが俺の身体と足は、少年を助けることが運命だと言われているかのように吸い込まれていく。
いくら無視しろ、助けるなと心の中で思っても身体が勝手に動いてしまった。
それは心の隅で、一度何となくでも助けた相手が目の前で殺されるのが耐えられないと思っているからだ。
俺は少年に向かってナイフを腰から引っ張り出す男の背後にゆっくり近づくと、地面に転がっている大きめの石を両手で持つ。
「お前が正直に話さないのが悪かったんだ。だから死ね……」
「やめろやめろやめろ!」
「お、お前が死ね!!」
俺は意を決して、男の後頭部目掛けて、重い石を振り下ろした。
記憶を失った少年と平凡な父親の日常録 Leiren Storathijs @LeirenStorathijs
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