香魚と一緒に生きたいから
「ん……」
目覚めた時に最初に目に入ったのは、香魚の寝顔だった。
そう言えば、香魚が寝ているところを見るのはこれが初めてな気がする。私は昨日の事を思い出しながら、香魚の寝顔を見ていた。無防備でゆるゆるで、本当に自分のDNA入ってるのかが疑問になる顔。これを可愛いというのは自画自賛なのだろうか。そんなことを想ってしまう。
思うままに、求めるままに抱き合った夜。水から上がれない香魚と水中に長く入れない私。最初はいろいろもどかしかったけど、最後の方はお互い悪くない形だったと思う。
「……うん、良かった」
キスして、触りあって、抱き合って。体が求めるままに、心が求めるままに、お互いを求めあった。香魚の新たな面を知るたびに幸せになって、香魚に自分の知らない面を知られてもっと幸せになって。
肉体的にも精神的にも満たされて、その熱が冷めた状態で香魚の寝顔を見る。それだけで心が幸せになってくるのを感じていた。香魚のほほを指でなぞり、くすぐったそうに体を震わせるのを見て嬉しくなる。
「香魚」
なんとなく名前を読んでみる。私が名付けたこの子の名前。私の名前と、魚を混ぜた文字。それをつけた時、この子はものすごく喜んでくれた。泣いて、嗤って、そして何度も何度も繰り返した。
「香魚」
この子は名前すら与えられなかった道具だった。いつものふざけた態度からは想像もできないけど、それはこの子を縛っていた。その苦労を知ることはできないけど、その苦労を軽減できたのだろうか?
「香魚」
私は無力な人間だ。力もなく、知恵もなく、水没した世界というどうしようもない文明破壊の中で生きているのが不思議なぐらいの存在だ。香魚がいなければ、間違いなく死んでいただろう。
「香魚」
運よく生き延びたとしても、生きる希望なんて見いだせなかった。この子がいるから、この子がいたから生きようと思った。最初は助けてもらった借りを返すため。そして今は、香魚と一緒に生きたいから。そのためには――この子の状態を元に戻したい。
「香魚」
この水没世界では、魚類の方が適正が高いのだろう。人間よりも水生生物であることが正しい選択。だから香魚の体は魚に近づこうとしている。肌は水をはじくウロコでおおわれ、呼吸器官も地上には適さない。
それは地上に希望はないのだという意味なのかもしれない。人間など見捨てて、水の中で新たなステージで生きるのが正しい事なのだろう。だけど、この子は私を見捨てなかった。人間の知性を保ちたいという心もあるのだろうけど、私を見捨てなかった。
「だから、私も香魚を見捨てない。絶対、どうにかするから」
その気になればこの新たな世界で生物の王にもなれるのに、香魚は私を助けるほうを選んだ。だから、私も香魚を助けたい。危険だからと見捨てたりはしない。ずっとずっと一緒にいるために。
目的が決まれば、行動も早い。香魚が目覚めた後、水分補給とDNA交換をした後で早速作戦会議となった。言っても会議というほどの内容はない。先ずはどうやってイカダを作るかという船出の前段階だ。
「船出が危険な事には変わりません。なので何度も検証実験を重ねます」
危険という香魚の意見は変わらない。だからこそ、慎重に慎重を重ねるということで妥協してくれた。なんだかんだで、この子は私に甘いなぁ。
「香織お姉さまの体重が大体56キロと仮定して、船の大きさは――」
「待って。それどうやって測ったか教えて」
「抱きしめた時の感触ですけど。昨日あれだけ激しく――もごもご」
「い、言わなくていい……!」
うん、まあ、確かにいろいろ抱き合ってあれこれしたけど、その事に後悔はないんだけど……香魚に嬉しそうな笑顔で言われるとちょっと恥ずかしい……!
「もー。あれだけシテくれたのに恥ずかしがらないでくださいよ。香魚のことをぎゅって抱きしめて、ずっと好き好きって感極まりながら囁いてくれたじゃないですか」
「ううううう……そうなんだけど、正気に戻ると恥ずかしい……」
「……香魚の事、嫌いですか?」
「…………好き」
「うへへー」
正直に白状する私に微笑む香魚。ああ、もう。そんな顔されると何も言えないじゃないの。
「話を戻しますけど、積載重量は重要です。それに応じてイカダの大きさを設定しないといけません。
長期の航海になる可能性があるならなおさらです。積み込む食料や生活品もありますから」
「そうね。幸いにして水はあまり詰め込まなくてもいいけど」
香魚がいれば、飲料水には困らない。それを得る手段がキスというのも、今は障害にはならない。
「そうですよー。香魚がいればお姉さまは水の心配が要りません。褒めてくれてもいいんですよ」
「ええ。いつもありがとう、香魚。貴方がいないと、私はこの世界では何もできないわ」
頭撫でて、と香魚が頭を寄せてきたので手を当ててそのまま撫でる私。そのまま抱き寄せた。この子がいないと何もできない。それは事実だ。水の事もそうだけど、この子がいないと生きる目的がない。
「そんなの、香魚だって一緒です。むしろお姉さまがいるから、生きていけます」
「私だってそうだし。香魚がいないとダメダメになってたわ」
「香魚だって変な海洋生物になったし、お姉さまに名付けてくれなかったら心が死んでたし」
「私もよ。香魚の姉らしくないとダメだって思わなかったから」
「香魚もですー。香織お姉さまの妹だから」
「私も」
「香魚もー」
何をやってんだろ、と思いながら香魚の体温と髪の毛を堪能する。ずっとこのままでいたいけど、そうも言ってられない。十分に撫でて抱きしめた後で、行動を開始する。
「ペットボトル取ってくるわ。あとは船に使うフレームに使う竹があればいいのね」
イカダを作ると提案して、香魚が材料として提示したのは竹だった。普通の木を切るよりも簡単に採取できるとか。でもあくまで比較して楽なだけで、決して簡単に採れるものではない。
幸いにして、道の駅に移動する途中で竹林を見つけていた。その事もあり、イカダづくりは竹を使おうという事に決定したのだ。
ペットボトルをひもで結んだ即席ライフジャケットもあることもあるため、制服スク水スタイルはやめ。長靴下と道の駅でもらった軍手、そして制服という装備だ。
「はい。あとは竹を縛る用のヒモも大量に必要ですね。私も沈んだ町を探ってきますので」
「竹とか切れるかな? やり方は教えてもらったけど自信ない」
香魚が沈んだ町から持ってきた鉈を手にして首をかしげる私。本当はのこぎりが欲しかったらしいけど、どっちにしても使ったことはない。
「そのうち慣れますよ。かなりの数を取ってきてもらいますからね」
「どれぐらい?」
「イカダの大きさにもおりますけど、帆も作りたいですから……とりあえず50本は」
これは後で痛感する事なんだけど、一本の竹を鉈で斬ってここまで運ぶ労力は何の訓練もしていないJKにはかなりの重労働である。それを『とりあえず』50回。しかもそれはあくまで材料集めなのだ。
「分かったわ。やってみる」
浮かれてたこともあるけど、軽く返したことを内心後悔するのであった。
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