香織と香魚
私は香魚の姉だから
最後は痴女扱いされたけど、立花兄妹……というか妹側からの圧力は幾分か減ったように感じる。
「お兄ちゃんに手を出そうものなら許さないからね」
「あんなもん見せられてどうしろっていうのよ」
「お兄ちゃんの素敵な
「どう応えればいいのよ!?」
――あまり変わらないような気もする。まあ、気軽に口げんかできる程度の仲になったんだと思おう。
ともあれ、ペットボトル大量にゲット。袋いっぱいのペットボトルを手に香魚が待つテントに戻る。こんなに要らないかもしれないけど、とりあえずあるに越したことはない。
「ライフジャケット? 浮き輪の代わりになるとか言ってたけど」
未だに水が増え続けている世界。この状況で『水に浮く』というアドバンテージは大きい。水中で呼吸ができない人間が生き延びるには、水に浮く装備は重要だ。
「私が死んだら、香魚も困るもんね」
私と香魚の関係は持ちつもたれつ……どころではない。お互いの命がかかっている。私のDNA情報がないと香魚は人間としての理性を保てず、香魚が水分をろ過してくれないと私は水が飲めない。
そういう状況的な関係もあるけど、精神的な関係も生まれていた。
香魚が好き。
意識すると、顔が熱くなってくる。香魚の笑顔を思い浮かべる度に、心臓がバクバクする。何度も何度もキスしてたことを思い出して、キュンキュンしてくる。
「……いつからだろう。こんな気持ちになったの」
いつの間にか抱いていた恋心。自分のDNAをもった自分に似た人魚。自分の事をお姉さまと慕ってくれる人間じゃない存在。
それがいつの間にか、私の中でかけがえのない存在になっていた。あの子がいないと何もできないけど、そんなこと関係なくかけがえのない子になってる。もう、あの子なしでの日常が考えられなくなっていた。
「サバイバル知識とか飲水関係とかそう言うのもあるけど」
あの子がいないと、私は死んでいた。先ず水没していく世界から助けてくれた。サバイバル知識で私を助けてくれた。生存に欠かせない水分を与えてくれた。香魚がいないと死んでたのは間違いない。
「私、あの子に助けてもらってばかりだよね」
私が香魚にしてあげられるのは、DNAを与えるだけ。そうやってあの子を人間として保ってあげるだけだ。そしてそれは、私じゃなくてもいい。あの子が私にこだわっているだけで、それこそ立花兄妹でもいいのに。
「あの子の好意に甘えてるのかな、私」
香魚が私の事を好きなのは、十分伝わってくる。私のDNAを得るための演技じゃないことぐらいは理解してる。なんであそこまで好いてくれるのかは正直分からないけど、その気持ちを疑うつもりはない。
だけど香魚に頼りっぱなしじゃいけないと思う。あの子の頑張りに応えないといけない。ずっとあの子に手を引っ張られっぱなしなのは良くない。
「……でも、私に何ができるんだろ?」
世界がこんなことになった以上、私にできることなんてほとんど何もない。学校の勉強は役に立たないし、運動だって普通の女子高生並みだ。水の世界において、私ができることなんて何にもない。
触手の
私はそれを拒んだ。それ自体は後悔していない。
だけど私がDNA提供以外に香魚にできることなんて、それぐらいかのかもしれない。あの子の生存確率をあげるぐらいしかできないのかもしれない。傍にいて、キスして、それだけだ。
「あとはこうして山を歩いてペットボトルをとってくるぐらいか」
香魚は地上を歩けない。呼吸は口とエラで行えるけど、比重的にはエラの方が多いらしい。水から出ると呼吸困難になる。口でも呼吸ができるからいきなり死んじゃうわけじゃないけど。
あとは足の問題もある。下半身はずっと魚のまま。大量の海産生物のDNAを取り込んだ結果だ。私とのキスでもその暴走を完全に抑えることはできない。少しずつ楽にはなっているようだけど、完全に治すには専門の治療が必要なのだ。
治療できる施設を見つけて、治療できる人を見つけて。そこまでしないと香魚はあのままなのだ。
「私にできること……」
香魚を助けたい。香魚の為に何かしたい。
今香魚を苦しめていることを解決してあげたい。
そう思うと、答えは見えてきた。無謀かもしれないし、もしかしたらもう無理かもしれない。だけどやる前から諦めたくない。
「あ。香織お姉さま、おかえりなさい」
テント近くにいる香魚をみる。私が帰ってきて、嬉しそうに微笑む私の妹。その笑顔を見ると、心がほんわかしてくる。
「ただいま。ペットボトル持ってきたわ」
「たくさん持ってきたんですね」
「まだたくさんあるって言ってたけど、とりあえずこれだけ」
「ライフジャケットの代わりなら4つで十分ですよ」
持ってきた袋の中から、ペットボトルを選別する香魚。言っても穴が開いていないかとか蓋がしっかりしてるかとかそんな感じだ。
「ねえ香魚。ペットボトルって水に浮くんだよね」
「はい。密封も完璧です」
「だったらさ……数をそろえたら船の代わりにならない?」
昔ペットボトルでイカダを作った、とか言う動画を見たことがある。2Lのペットボトルを縛ってまとめたものでオールで漕いでいる動画だ。
「そうですね、可能です。バラバラにならないように固定する手段が必要ですけど、逆に言えばきちんと固定すればかなり安定したイカダになります」
「だったらさ……。それを作ってみない?」
私は香魚を見ながら、言葉を紡ぐ。
「この水を移動して、香魚を作った研究所に行って、香魚の暴走を止めたい」
正直、自分らしくないって思ってる。こんな冒険をするなんて、自分らしくないことはわかってる。
「え、それは……危険ですよ? 陸地にいたほうが安全……かどうかはわかりませんけど。少なくとも食料はそこそこありますし」
「あ、そうだよね。うん」
イカダに乗って旅立つことの危険性は、私もわかっている。正確に言えば、全然分からないから危険だという事はわかる。素人が海に出て生きていける可能性なんて、まずないことぐらいはわかる。
納得すべきだ。香魚は私の事を心配してくれている。だからこの気持ちを押さえて、飲み込むべきだ。そう思う気持ちはある。
「でも、香魚をこのままになんかしたくない」
だけど、香魚が苦しいままなんて耐えられない。その気持ちも確かにあった。
「香魚が苦しんでるなら助けたい。私は貴方の姉なんだから」
「香織お姉さま、私は別に苦しんでなんか――」
「嘘。香魚が大丈夫じゃない事なんか、知ってるんだから」
一日三回DNAを摂取すれば大丈夫。香魚はそう言ってるけど、それじゃ足りないことは香魚の表情を見ればわかる。
今日明日にどうにかなるわけじゃなさそうだけど、不安を抱えていることぐらいはわかる。将来どうなるか分からない。少なくともこのままだと破滅することを理解して、それでも私の為に我慢してることなんか手にとるようにわかる。
「香魚。私は香魚を助けたいの」
「駄目、です。危険すぎます。香魚はまだまだ大丈夫ですから」
「イヤよ。そんな顔の香魚は見たくない。私が香魚を助けたいの。危険とか承知のうえで、香魚を守りたいの」
だって好きだから。好きな人には心の底から笑ってほしいから。
「香織お姉さま……。でも、それは」
「危険なら二人で乗り越えたいの。私一人じゃできないかもしれないけど、香魚となら乗り越えられる」
根拠なんてないけど、でもやれる気がする。無謀だけど、諦める気はない。
「私は香魚の姉だから。妹が苦しんでるのに何もしないなんて我慢できないの」
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