祝福されない愛。許されない関係

「お兄ちゃん!」


 倉庫の扉を開けると、そこには里奈ちゃんがいた。かなり焦った顔だ。そして何事もなかったのを確認すると安心した顔をした。


「よかったぁ……。そこの女に襲われてるのかと思った」


 言うに事欠いてなんてこと言うんだこの妹。むしろ逆だったんだから。


 ……まあ、里奈ちゃんの立場からすればそうなんだろう。痴女っぽい恰好で現れた変な女。ペットボトルを求めたのも私だし。大好きなお兄さんが自分を裏切る形で私を押し倒そうと思うよりは、私が裕也さんを襲おうと思ってしまうのかもしれない。


「いや里奈、実は――」

「あー。ゴメンゴメン。ちょっとお兄さんといろいろお話してたのよ。今後どうすべきかを」


 謝罪しようとする裕也さんの言葉を止めるように、私は言葉を割り込ませた。言外に『さっきの事はノーカンだから』というように。里奈ちゃんの気持ちを考えれば、さっきの裕也さんの事は黙っておいた方がいい。


 まあどっちが手を出そうとしてたかはともかく、この殺気をどうにかしないと帰るとき背後から刺されそうって言うか。とにかくウソでも何もなかったことにしないと。


 里奈ちゃんの視線から感じる鋭い気迫を受けながら、とりあえずどう誤魔化そうかを考える。人気がない森や寝てるときにさっくりやるぞと言わんばかりの視線である。


「どうすべき、とはどういうことですか?」

「このまま救助が来ない可能性を考えれば、いろいろ用意しないといけないと思わない? ここにある食料だって無限じゃないんだし」

「……それは」


 適当に話題をひねり出してから、結構重要だよねこれ、って思いなおした。道の駅にある貯蔵量はそれなりにあるが、無限ではない。電気が来ないから冷蔵庫は作れずに生モノは腐るし、トラックが食料を運んでくるわけでもない。


「貴方はどう思ってるのよ」

「あー、水辺も近いし釣りをすれば魚には困らないかも」


 里奈ちゃんの言葉に、そんな答えを返す私。釣りとかしたことないけど。


「そうだな。しばらくは食料の確保方法を模索することになりそうだ。そのための方法を話し合っていたんだ」

「私を仲間外れにして?」

「里奈には心配をかけたくなかったんだ。仲間外れにするつもりはなかった。許してくれ」


 ぷんすかと怒る里奈ちゃん。そんな妹に優しく声をかけて頬を撫でる裕也さん。そして二人はそのまま顔を近づけ――唇を重ねた。躊躇なく、自然な動きで。


「……んっ……く、ちゅ、ぷぁ……」

「あ、あふぅ……おにい、ちゃぁ……んんんんんっ!」


 響く水音。触れ合う唇。強く抱き合いながら兄と妹は愛を確認するように交じり合う。うぇえ!? かなり濃いんですけど! 私が見てるのに、いいの!? これ見てていいの!?


 目を逸らすこともできず、私は兄妹のキスシーンを目の当たりにしていた。


「ひゃ、見られ、てる、見られて……んちゅ……!」

「お兄ちゃ……ん。お兄ちゃんお兄ちゃん……!」


 私が見てることなんてお構いなし。むしろ見られてることが起爆剤になったかのように二人の熱は加速していく。


「ふ……んん、んんんっ……あ、ぅ……そこ……ぉ!」

「りな、りな、りな……」

「は、ふぅ……ん、ぁ……」


 抱き合いながら互いの体を愛撫する兄妹。優しく、そして大胆に。うわ、そんなところに手を入れるんだ。うわぁ、うわぁ……。


「おにいちゃんおにいちゃ、あああああああ」

「里奈……」

「お兄ちゃん……ん、ちゅ……」


 尽き果てたようにくったりとする里奈ちゃん。最後に二人はもう一度深い口づけをして幸せになりましたとさ。


「…………あー。えーと、私帰っていいかな?」


 それ以外になんて言えばいいのか教えてほしい。むしろ黙って帰った方がよかったのかもしれない。それぐらいに濃密な二人の世界だった。


「いや、すまない。里奈の説得に手間取ってしまって」

「今のを『説得』と言うのはどうなの!?」

「双方納得するために説き伏せたのだから説得だ」

「説いてないじゃないの」


 頭痛くなってきた。このシスコンブラコン兄妹が。


「いいかい、里奈が邪推するような行為はなかった。皆川さんとは助け合う仲なんだ。それを忘れないでほしい」

「まあ、そうね。こんなの見せられて正直ドン引きしてるし」


 偽りない感想と共にため息をつく。うん、この二人の間に割って入るつもりは元々なかったけど、ここまで魅せ付けられるともうドン引きだ。好きにしてちょうだい。


「ドン引きって何よ。お兄ちゃんとキスするのが許せないってことなの?」


 私の言葉に睨むように言葉を返す里奈ちゃん。


 その怒りはさっきとは違う怒りだ。お兄ちゃんを奪おうとする者への怒りではなく、別の怒り。


「確かに私とお兄ちゃんは兄妹で、世間じゃ許されない仲だってことは知ってるわ」


 その怒りは、傷。傷に触れられた痛みと怒り。


「好きな人ができたって自慢もできない。堂々とデートもできない。

『仲のいい兄妹ね』って言われて、その度に傷つく気持ちが貴方にわかる? 本当は恋人だって認められたいのに、それが許されない気持ちが貴方にわかる?」


 お兄ちゃんが好き。裕也さんが好き。


 だけどその愛は禁忌。許されない男と女の関係。世間が、常識が、人の目が、2人の愛を否定するのだ。


「り――」


 それ以上はやめろ、と言おうとする裕也さんを無言で止める私。里奈ちゃんにはいろいろ変わった子(好意的解釈)だけど、一人の人間だ。傷もあれば弱味もある。それをさらけ出すようにして訴えているのだ。それを、止めてはいけない。


「ずっと好きだった。ずっと愛した。小さいころから、ずっと。今もこんなに愛してる! 誰にも認められないけど、お兄ちゃんの事が好き! 誰にも祝福されないけど、大好きなの! お兄ちゃん以外の男なんて考えられないの!」


 ずっとずっと主張してきたブラコンヤンデレな里奈ちゃん。だけどその苦悩は想像していた以上に重く辛い事だった。


 彼女の本当の言葉が、今聞けた気がする。……まあ、お兄ちゃん大好きはずっと聞いてたんだけど。


「世界がこんなことになって、ようやくお兄ちゃんと愛し合えるって思った! 誰にも邪魔されない場所ができたって思った!

 なのに勝手に入ってきて、お兄ちゃんに気に入られて、しかも私たちの関係を見て引くとか言って! なんなのよ、アナタ! お兄ちゃんの事を一番好きなのは里奈なの! 私たちの邪魔をしないで!」


 祝福されない愛。許されない関係。


 祝福しないのは世間。許さないのは常識。この二人はそんな鎖の中で愛し合っていた。禁断の兄弟愛。


 しかしその鎖は水とともに消えた。世間は沈み、常識は流された。二人を縛る鎖は消えてなくなったのだ。


「里奈、皆川さんは邪魔なんて――」

「邪魔したらどうだっていうのよ」


 邪魔なんてしてない、と言おうとする裕也さんを遮る私。


 誤解を解くことは簡単だ。思い込みが激しいけど、里奈ちゃんは頭が悪いわけじゃない。裕也さんと一緒に話せば、言うことは聞いてくれる。


 だけど、それじゃ意味がない。


「邪魔されたら、もう諦めるの? 好きなのに諦めるの? そんなにお兄さんの事が好きなのに、私が間に入った程度でその愛は消えちゃうの?」

「そんなことない!」

「だったらそれでいいじゃない。貴方はお兄さんが好き。お兄さんも貴方の事が好き。その間に誰が入ろうが、愛が消えるわけじゃないんだから」


 言いながら、私は香魚との関係を思い出していた。

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