あいのかたち

100%善意の裕也さん。200%殺意の里奈ちゃん

 香魚とは違うAdaptableアダプタブル Unitユニットとの会話を終え、私は一旦立花兄妹のいる道の駅に移動を開始する。……できればスカートぐらいは着たいけど、香魚は断固として許してくれなかった。


「急に水が増える可能性が捨てられない以上、危険です。突然の津波が来た時の生存確率をあげるためにもできるだけ泳ぎやすい恰好でいるべきです」


 と力説されたら仕方ない。その可能性を完全否定できる要素は今のところないのだ。


「いやでもこの格好結構恥ずかしいんだけど。妹ちゃんにお兄さん誘惑してるとか思われて包丁で刺されそうなぐらいの殺意来たんだけど」

「確かに香織お姉さまのおみ足は誘惑されますから仕方ありませんね。香魚もイチコロです!」

「……ずっと思ってたんだけど、香魚足フェチ?」

「香織お姉さまの体は全部好きですよー。だから無事でいてほしいんです」


 そんな会話で誤魔化されたわけじゃないけど、ともあれ香魚の忠言には従っておく。私の体が全部好きとか、そう言う言葉でにやにやなんかしてないから。あれは流れで言ってくれたことで、でもそんなこと言われたら承認欲求が満たされたって言うか。そういう事で。


 決して全部好きって言われて嬉しいとか香魚が可愛いとかちょっと抱きしめたくなったとか「あ、そう。じゃあ行ってくる」ってクールに流した後で香魚がいない所で赤面した顔を押さえてパニくったとか――コホン。


 ともあれ、道の駅に移動する。香魚は屋根付き部屋の安全性を考慮して誘いを断るべきじゃないって言ったし、私もそれは理解している。だけど、それは最終的には断るつもりだ。


 理由はいろいろあるけど、大きく二つ。香魚と立花妹だ。


 香魚を見捨てられない。それはもう変わらないことだ。私を助けてくれた人魚。可愛い妹。あの子を見捨てるなんて私にはできない。定期的にDNAを得ないと暴走する相手への同情。何度も助けてもらったお礼。そういう諸々の理由だ。


 決して香魚が可愛いとか目が離せないとかいると心が安らぐとかキュンキュンするとかそういうわけじゃない。私はノーマルだから。ノンケだから。あくまで妹的存在を見捨てられないだけだから。うん、そういうことだから。


 そして立花妹こと里奈ちゃん。私と同い年か少し下か。話をしても警戒している……というか兄以外はどうでもいいというか邪魔者扱い的に扱われた。やむなく兄の方に何かを聞こうとしたら『首刈るぞゴラァ』とばかりの気配が伝わってくる。マジ怖い。


 大好きな兄と二人でいるところに現れた女。それに対する気持ちは如何に。マンガだと笑い話だけど、実際にその立場になると笑えないのが分かる。殺意って本当に肌で感じるんだ、って実感したわ。ぞわってくる。


「この状況で道の駅にお世話になるのは、さすがに無理よね」


 香魚にDNA供給するために定期的に戻らないといけないし、里奈ちゃんとお兄さんと一緒に一つ屋根の下にいるとか本気で殺されかねない。ブルーシートでのテント生活はまだまだ不安があるが、それでも香魚と共に生きるのなら仕方ない。


 最初は方角がわからず彷徨っていたが、道の駅がある場所が分かれば移動時間は短縮できる。おおよその方角に向かって歩けばアスファルトが見え、そこからは道なりだ。20分ぐらいで道の駅が見えてきた。


「空のペットボトルだっけ? とりあえずそれをもらわないと」


 香魚が言っていたことを思い出す。空のペットボトルは水に浮く。小学校でも知ってそうな知識だけど、水没したこの状況では『沈まない』という特性は非常に重要だ。ビバ現代技術。


「ああ、好きに持って行っていいぞ」


 道の駅について立花お兄さんこと裕也さんはからのペットボトルを好きに持って行っていいと快諾してくれた。どうやら処理に困っていたようだ。ゴミ袋に詰めて倉庫に置いている。


「しかしペットボトルにそんな使い道があったとは。初めて知ったよ。皆川さんは博識なんだね」

「いえいえ。私も受け売りみたいなものですから」

「すべての知識は先人からの受け売りだ。だがそれを必要な時に生かせることができるかどうかはその人次第。そういう意味で、尊敬するよ」

「あー……どうも」


 裕也さんに褒められて、いろいろ困る私。本当にペットボトルの知識は香魚に教えられるまで知らなかったからなぁ、とか。裕也さんが褒める度にその隣にいる里奈ちゃんの笑顔に言い知れぬ迫力が増していくとか。


「ねえお兄ちゃん。だったら私達も少しは溜めておかない? 皆川さんも袋全部もっていくのは大変だろうし」

「確かに量は多いな。なら僕が持っていくのを手伝うとしよう」

「あ、大丈夫です。そんなに量は要りませんし」


 私をけん制する妹ちゃん。その意見を好意的に受け取り、親切に接する兄。更に溜まる妹ちゃんの迫力を感じて断りの言葉を入れる私。


「そうか。しかしテント生活は大変だろうから、体力温存の為にも――」

「問題ないです。ペットボトルは軽いですから」

「大丈夫よ、お兄ちゃん。皆川さんはサバイバル知識があるんだから。外でもきちんと生活できるわ。ねー?」

「そ、そうね。うん。大丈夫よ」


 100%善意の裕也さん。200%殺意の里奈ちゃん。とっとと帰れとトゲが突き刺さってきた。この状況で作り笑いをする以外にできることがあったら教えてほしい。


「しかし里奈、今は未曽有の危機だ。これまで培った常識が通用しないこともある。何が起きてもおかしくないんだ」


 里奈ちゃんをたしなめるように言う裕也さん。


「確かに皆川さんは知識がある。先の事を見通して行動しているのだろう。ボク達の助けなど必要ないのかもしれない。

 だけどこういう状況だ。お互い助け合わないといけない。そう思わないか?」

「う……。そ、そうね。お兄ちゃんの言う通りです」


 兄に強く言われて、委縮する里奈ちゃん。決して叱ってるわけではない。優しく説得している裕也さんに対し、里奈ちゃんは自分がしたことを恥じている。


「ああ、すまない。ともあれ僕としては皆川さんにはいつでもここに来てもらっていいと思っている。こちらで協力できることはしてあげたいと思っているよ」

「ありがとうございます」


 私の方に向き直り、笑顔で言う裕也さん。ちらっと里奈ちゃんの方に目を剥けると、少ししょげていた。感情的になって言い過ぎたと反省しているようだ。


(お兄ちゃんに叱られたお兄ちゃんに叱られたお兄ちゃんに叱られた……)


 そんなオーラが見て取れるぐらいに落ち込んでいた。これ、フォローとかいるかなぁ。でも私が言うのも逆効果かな。できるだけ禍根を残したくないんだけど。


(でも真剣に怒ってくれるお兄ちゃんカッコいい。私の事を気遣って言葉を選んでくれるお兄ちゃん優しい。構ってもらって嬉しい)


 ――とか思ってたら、すぐにそんなにへっとした笑顔に変わった。ブラコンってポジティブ。うん、フォローは要らないわね。


「じゃあさっそくだけど、取りに行こうか」

「はい、ありがとうございます」

「里奈は掃除の続きをしていてくれ」

「はーい」


 言って私と裕也さんは移動する。


 ――男と女で二人きり。邪魔する者もなく、倫理も法律もなくなった世界。


 その事実を、この時私は完全に忘れていたのであった。

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