貴方の胎内に次代を作ってもらえないだろうか?

「人類のDNAが途絶える前に繁殖して多くの子を残すことは、生物として大事な使命」


 次代を作る。


 生物の定義とか偉い人が考えればいいけど、次世代の種をまくことの重要性は私にも理解できる。人間と言う種族を存続させるために、子供を残す。


 私もいつか結婚して子供を生むんだろうなぁ、とかぼんやりと思ってはいた。明確な指標もなく、ましてや結婚できないならいいかもとかも思ってたりもしていた。ただ世界が水に沈んだことで、その価値観が変化する。


 文化は水に沈み、国家は機能していない。どれだけの人間が生き残っているのか。どれだけの人間が生き延びれるのか。そして人類は今後どうなるのか。未来はまるで見えなくなったのだ。


 国からの支援なんてない。助けれくれる周りの人も少ない。そもそも相手がいないこともある。それだけ世界が変化したのだ。価値観だって変わって当然だろう。


「単体で生殖不可能な個体ゆえに最大でも数十年後には終わりが見える。また、貴方が何らかの形で生命活動を停止した際には人間のDNA供給源が途絶えてしまう」


 子供を生まなければ、遠い未来に次代がなく人類は途絶える。香魚にとって人間のがいなくなれば人間のDNAが得られなくなり、暴走してしまう。それを心配しているのはわかる。……むしろ、いつかどうにかしないといけない問題だ。


「そこで提案だが、貴方の胎内にXY遺伝子を含んだ生殖細胞を注ぎ込んで次代を作ってもらえないだろうか?」


 …………えーと?


 私のお腹に、この触手の……男性的なモノを注ぎ込まれ………子供を……。


「だめでーす! そんなこと許しません!」


 私が脳で理解するより先に、香魚が口をはさんだ。


「しかし遠い未来の破滅を回避するためには重要な事。それは理解できているはずだ、同胞」

「いやですいやですいやでーす! そんなことされたらDNAの暴走以前に私が耐えられません!

 ほら! 妊娠期間の安全確保とか、出産時及び後の療養施設とかそう言うのもありませんし!」

「確かに衛生面や栄養面での不安は残るか」

「そうですそうです! 断固反対です!」


 私が何か言う前に興奮して反対する香魚。ぎゅっと私の腕をつかんで、怒りで体を震わせていた。私はその頭に手を置いて、


「うんまあ、そう言うのはパスかな」


 よくわからない人(?)にそういうことをされたいという願望はない。悪意からの提案ではないことは十分に承知しているけど。


「致し方あるまい。しかし選択肢の一つとして留めておいてくれると助かる。

 同胞のDNA暴走を止める手段は目途が立たない。命綱が一つと言う危険性が高い状態では安心とは程遠いのだ」


 平坦な声ではあるが、香魚の事を心から心配している言葉だ。


 私からDNAを交換しないと変異してしまう香魚。素人判断でも不安定な状態なのはわかる。私以外の人間を確保したくなる気持ちは十分に理解できる。むしろそうすべきなのだ。この子の事を想うのなら。


「……そうね。香魚の安全を考えるなら私以外の人間がいるに越したことはないわね」


 それは同意しなくてはいけない。言った瞬間に香魚が小さく震えて、無理やり笑顔を作った。正しいとわかってはいるけど、納得したくない。それを悟られないように笑顔で誤魔化したんだ。……もう、そんな顔するんじゃないわよ。


「でもこの子は私の妹だから。私がいる限り、この子を危険になんかさせない。世界が水に浸かったぐらいで簡単に死んでやる気はないわ。

 さっきから見てたんでしょ、私達のこと。安心して水に戻ってなさい」

「香織お姉さま……」


 香魚を抱き寄せて、はっきりと言ってやった。


 未来なんて全く分からないけど、それでも今自分がしたい事ぐらいはわかる。世界がどうなろうとも、香魚に笑顔で嘘つかせるようなことはさせないわ。


「ふへへ。新しい香織お姉さまのラブな告白ゲットです。うへへー」

「……っ、別にラブとか告白とかそんなんじゃないから! 2人でこの世界を生き抜いてやるっていう決意なだけだから!」

「えへへー。2人で。もー、もー、もー!」

「あー、もう。勝手に脳内変換してなさい」


 抱き寄せた腕の中で悶える香魚。脳みそピンクになって、私の言葉をいいようにとらえている。……その、まあ、私を好いてくれてるのは普通に嬉しいし。慕われるのは悪い気分じゃないし。でも私からはラブとかそういう意図はない。ないもん。


「第三者の観点から見ても求愛的なニュアンスを感じたが」

「どこがよ。私は香魚がいないと真水が飲めないし、香魚は私がいないとDNA暴走する。2人でいるのは生き抜くために必須なの」

「先ほどの話はDNA暴走の確率を減らすためにDNA供給元を増やさないかと言う話だったのだが?」

「知らない。忘れたわ」


 つい数十秒前の話だけど。記憶にない。忘れた忘れた。


「って言うか待って? 新しいってどういう事よ。前にもなんか言ったっていうふうに聞こえるけど」

「言いましたよ。香魚は全部覚えてまーす。香織お姉さまの言葉は香魚の宝物ですから!」

「……まあ、好きにして」


 ものすごくうれしそうに笑う香魚にいう事をなくす私。……別にドキッとしたとかそういう事じゃなく、私の言ったことでここまで喜んでもらえるのは愛情とか関係なく普通に嬉しい。うん、これは承認欲求みたいなものだから。


「話を戻すけど、心配も子供もノーサンキュ。わざわざ出向いてもらって申し訳ないけど、帰ってもらえない?」

「了解した。同胞と貴方のこれからに祝福を。先の提案はいつでも受け入れるつもりなので、状況が変わればいつでも出向いてほしい」


 言って触手は水の中に戻る。出向くも何も、私は香魚ほど潜れないから行くことはできないんだけど。


「悪い奴じゃなかったけど、お世話になりたくはないタイプだったわね」

「そうそう出会うことはないと思います。あれだけの会話だけでも、かなりのリソースを削ってますから」

「そこまでしてやったことがデバガメと子供を生まないか提案って言い方すると、ただの変態だけどね。……そう言えば殴るつもりだったけど、もういいわ」


 当人(?)にそう言った意図はないことは理解している。同じAdaptableアダプタブル Unitユニットである香魚の未来を危惧して、あんな提案をしたのだ。


「そうですね。ですけど話自体は重要な事です。人類の未来……それを危惧しなくてはいけないほどの大災害ですから」


 広がる水平線を見ながら香魚は言う。人類が滅んだかどうかはわからないが、世界の価値観がひっくり返るぐらいの事態なのは間違いない。


「そういうわけで、香織お姉さまは子供とかどう思います? 出産に際して安全なスペースとかそう言うのが確保された前提で」

「考えたことないわよ。でも無視できない問題だと思うわ。ま、今日明日で為さないといけないわけじゃないし、ゆっくり考えましょう」


 香魚の質問に、軽く手を振ってこたえる私。世界の為に子供を生まないといけないとか、正直気が重い。それに今考えることは今日どうするかだ。そんな話は遠い未来の自分に投げ捨てておく。


 この問題はこれで終わりと思ってたら、何やら香魚が真剣な顔でぶつぶつ言っていた。


「香織お姉さまの子供……誰かに奪われる前にいっそ私が……XY遺伝子を含んだ生殖細胞の生成……それを注入するための器官……妊娠期間は香織お姉さまを保護するために体内に取り込んで……」

「……香魚?」

「大丈夫です香織お姉さま! ゆっくり時間をかけて香魚が何とかしますから! Adaptableアダプタブル Unitユニットの機能を使えばどうにかなります! 具体的には――」

「具体的に言わなくていい! 違う方向で何とかしなくていいから!」

「ええええ!? 人類の未来のために出産は無視できない問題なんですよ! 香魚が、香魚が解決しますからぁ!」


 いろいろ暴走する香魚をどうにかなだめるのに、30分ほど時間を有したわ……。

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