なんだろこれ。碌でもない
口づけ――もとい救助行為――の失敗のあと、しばらく沈黙が訪れ……なかった。
「ところでお姉さま、そろそろお腹がすきませんか? 喉が渇いたとかそういうことがあったら言ってくださいね」
「サバイバルの基本は衣食住の確保です。何があるかわかりませんから、最低限雨風を塞ぐ状況は作っておきましょう。増水したとき、いつでも逃げれるようにするのがベストです」
「服を早く乾かすために火をおこしましょう。夜がどれだけ冷えるか想像もつきませんし、火の維持も大事です」
ぱん、と手を叩いて人魚がそんなことを言ってきた。確かに大事なことだ。じっとしている余裕は実はない。
「お腹はまだ大丈夫かな。水も、多分。火を起こすって、どうするの?」
「湿ってない木を山から集めてください。落ちてる枝じゃなく、枯れた木から枝を折った方がいいです。後は石を集めて」
「枝を折るとか、ちょっと罪悪感……。落ちてる枝はダメなの?」
「地面に落ちているのは地面から水を吸ってるから湿ってますよ」
サバイバル知識を人魚から教わり、走り回る私。人魚は地上に登れないので枝とかを集めるのは私。人魚はその間に水に潜って色々集めてくるという役割分担になった。
「大丈夫と思いますが、危険な動物を見たら逃げてください。あと毒のある植物とか」
「そんなのどうやって判断するのよ」
「えーと、知識とカン?」
「サバイバルとか全然知らないんですけど!?」
ぼっち女子高生に求めるものとして間違ってる。心の中で文句を言いながら、歩き回る私。さすがに下着で動き回るわけにもいかないので、服を絞って水を落としてから着る。じめじめしているけど、背に腹は代えられない。
ともあれ行動開始だ。枯れた木を探すために地上を歩く。急こう配な場所が多くないこともあって、捜索はそんなに難しくなかった。
(サバイバル……だよね。これから)
目を逸らすこともできないほど視界に写る水。世界は水に埋め尽くされてしまった。これまで人間が築き上げてきた文明は、消えてしまったのだ。コンビニなんて当然なく、この水をどうにかできるだけの機械もない。
さっき叫んだけど、サバイバルの知識なんて全くない。山に登ったり海でキャンプしたり。そんな経験もほとんどない。海で遊ぶことはあったとしても、すぐに帰れる前提だ。文明から完全に切り離されるなんて、長い人生でありえなかった。
スマホでググったりすることもできない。スマホは水に流されたし、仮にあったとしてもインターネットは生きていないだろう。サーバーは水の下だし、そもそも発電所が動いているとも思えない。そう考えると、船舶関係もまともに動けるとは思えない。
「はは、なんだろこれ。碌でもない」
カルチャーショックどころじゃない。カルチャーそのものが消えてなくなったのだ。
ならいっそ死んでもいいかも。むしろ何で生きてるんだろ。私はそこに思い至る。水に飲み込まれそうになって死にかけた時は、生存本能が起き上がって死から回避した。溺れたくないという一心が、生の執着を生んだ。
だけど、冷静になればあのとき死んでもよかった気がする。命は繋いだけど、先はない。こんな状況で私が生きていけるはずがないのだ。知識もない。力もない。どこかのラノベみたいに、チート能力もない。希望もない。
希望。例えば自衛隊とかが救助してくれて、かろうじて残った文明の街に入って生活できるとか? 現実的にありえそうなのはこのあたりだろう。でも、それもあまりに無理がある。ならいっそ、何もせずにここで尽き果てるのも――
『私……お姉さまのDNAが欲しいんです』
『えへへ。感謝してもらってありがたいです。お姉さまの命が救えて本当に良かった』
『本当ですか!? ありがとうございます、お姉さま!』
脳裏をよぎるのは、私によく似た妹人魚。私の唾液がないと魚になっちゃう人じゃない何か。だけどそれは私を助けて、慕ってくれた。
「……まあ、私がいないとお魚になっちゃうわけだし」
助けてくれたお礼を返さないで死ぬとか、人として間違ってる。あの笑顔が魚になるとか、あまり気分がいいものじゃない。その気持ちが、変な方向に向かいそうになる心を押しとどめた。
「でも希望とかまるで見えないのよね。生きる気力があっても、大自然の中を生きれるとは思えないし……と、これでいいのかな?」
枯れた木らしいのを見つける。木の高さも私より少し高い程度で、葉もなく細くよれよれだ。枝をぱきっと折る。ちょっと力がいるけど、どうにか折ることができた。
「数とか聞いてないけど、どれぐらいいるんだろう? とりあえず持てるだけ持って帰ろう」
手に抱えられるだけの枝を持ち、元居た場所に移動する。火とかどうやって起こすんだろう? 原始人みたいに木をこすり合わせてかな? そんなことを思ってると――
「おかえりなさいお姉さま! とりあえずいろいろ集めてきました!」
そこには人魚と、大量に積まれた缶詰やらよくわからない小物があった。寝袋にシーツにサバイバルナイフ? それぐらいはわかるけど、逆に言うとそれ以外はあまりわからない。
「……えーと、缶詰?」
「はい。缶切りもありますよ。後は固形燃料とアルミホイルです。これでしばらくは安心ですね」
サヨナラ文明。着の身着のままのサバイバル生活を覚悟していたけど、いきなりそうじゃなくなった。缶詰も一日三食で一か月は持ちそうなぐらいにある。
「何処で手に入れたの、これ?」
「下に町があったんでそこで」
水面下を指さす人魚。
「町……水の中?」
「はい。そこでまだ使えそうなものを持ってきました。
山登りの専門店があったのは大きいですね。これでどうにかなりそうです」
うんうんと頷く人魚。水の中に沈んだ街からいろいろパチって……拝借してきたのだ。うん、まあ、この状況だから仕方ないか。
「凄いじゃない。町から持ってきたら、何でもできるんじゃない? 食べ物とかもかなりあるでしょうし」
私とこの人魚が生きていくだけの物資はこれで確保できたかも。コンビニだけでも、かなりの食べ物があるし。
「んー。難しいですね。ほとんどの食べ物は水圧で潰れてます。生モノは言うまでもないし、包装されたものも同じ状況です。食べ物飲み物は缶詰以外は潰れちゃってると思ってください」
とか思ってたら、そんな答えが返ってきた。冷静に考えればそうか。
「私が潜れるのも30mぐらいまでです。それ以上深い場所にある街から物を持ってくることはできません」
「30m……って待って。それより深い場所に町がある……ってことなの?」
「はい。どれだけ深いかは想像もできません」
30m。ざっくり計算だけど、マンション一階分の高さを3mとしてその10倍。つまり十階建てマンション並の高さの水。それだけの高さが埋まるぐらいの水が、世界中に広がっているっていうの……?
「そんだけの水害とか、一体何が起きたっていうのよ……」
今まで目を背けてきたけど、この大洪水は何なのか。世界は何でこんなことになったのか。
「推測でよければ、お話はできます。あくまで仮説と言うことですけど」
火を起こす準備をしながら、人魚はそう言った。
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