第2話
あれから、20年。
僕はいまだに小説を書いている。
「ご飯できたよ」
「うん」
時計を見ると、お昼12時。ご飯の時間だ。僕は保存ボタンを押して、パソコンをシャットダウンする。窓を外を見ると、外は大分眩しくなっており、目が少し痛い。
「「いただきますっ」」
妻の作ってくれた料理を二人で食べ始める。いつも通りの昼ご飯。ご飯にみそ汁に漬物やサラダ。みそ汁から食べるのが僕のルーティーンだ。
「そういえば、青山君結婚したみたいよ」
先ほどまで、久しぶりに青山のことを思い出してエッセイを書いていたから、妻の言葉におもわず吹き出しそうになる。
「大丈夫?」
「うんっ、ああっ。そっか、あいつも結婚か」
僕はティッシュを取って口を拭くながら、妻を見る。
「ほらっ、これ」
妻はスマホで結婚式の写真を見せてくれた。青山は中年太りが始まって、少し丸くなっていたが、とても幸せそうな顔をしており、隣にはきれいなお嫁さんがいた。
「あいつって、営業マンだったっけ?」
「そうだったかな?」
「全然運動してなさそうだな」
高校時代、スクールカーストの最上位にいて、体育でも活躍していたし、運動できます、サッカーを頑張ってます、って感じだったはずだ。けれど、上には上がいるもので、青山は最後の大会2回戦で負けた。20代前半の時には趣味でサッカーをしているっていうのをSNSで載せていたけれど、今ではすっかり更新もないし、僕も飽きてしまって、見るのを止めていた。
「あなただって、小説もいいですけど、たまには運動しないとだめだよ」
僕は自分のお腹を見る。確かに、学生の時はひょろっとしていたけれど、お肉が付いてきたようだ。
「そうだね、気を付けるよ」
「じゃあ、今度一緒に散歩しましょ。桜がきれいな場所見つけたの」
「おっ、いいね」
妻は僕が運動がそこまで嫌いなことを十分にわかっている。けど、季節の移り変わりや、綺麗な自然、何気ない自然を見ることが好きなことも十二分に知ってくれている。
「そういえばさ、今の学生ってスクールカーストでイケイケな人たちを1軍、大半の人を2軍、オタクな人間は3軍って言うらしいよ」
「あっ、知ってる。でもそれ流行ったの2年くらい前で、ちょっと古くない?」
小説を書いているせいか、唐突に話をするのが、僕の悪い癖だが、妻はそれに慣れていて、何食わぬ顔で返事をしてくれる。
「そっか。でも、青山って1軍だったよなーー」
僕がしみじみ言うと、妻はご飯を食べながら、
「そうかもね」
「僕って・・・3軍だったのかな?」
「ふっ、別にいいじゃない。今は多様性を認め合う社会だよ?」
今度は妻がみそ汁を吹き出しそうになりながら、僕を見たので、僕は目の前にあったティッシュボックスを妻に渡す。妻は「ありがとう」と言って、ティッシュを取って、僕と同じように口周りを拭く。
「そうだよな、大分世の中よくなったよな。今じゃ、テレビも声優がバンバン出るし、ライブやったりするし、アイドルとかだってアニメ好きですって言いやすいもんな」
「なになに? 熱く語っているけど、今の小説のテーマなの?」
「あっ、バレた?」
僕らは笑い合った。
僕は妻にどんなエッセイを書いていることを話した。妻を出すことについて尋ねたら、いいけど変な書き方したら、口きかないからと言われてしまった。
「私は思わなかったけれど、当時は文芸部(笑)、漫画研究部(笑)みたいな雰囲気があったよね」
僕が皿洗いをしていると、コーヒーをテーブルで飲んでいる妻が思い出しながら話しかけてきた。
「そっ、なんかさ、サッカー部ってそれだけでステータスでさ、ゲームで言えば、職業:勇者。みたいな感じ? それで、文芸部って呪いの盾を装備した凡庸キャラというか、バッドステータス背負ってる感じ?」
「そうかな?」
「そうだよ。特に男子はね。やっぱり男子って運動神経でマウント取ってたわけ。今は、ジェンダーレス化しているから、そんなことも減っていると思うけどさ。それでも、オスとしての本能は変わらないと思うよ?」
「んーー、わからないからノーコメント」
妻は物をはっきり言う人だ。だから、たまに変なことを言ってしまう僕の発言に対して、わからないこともはっきりとわからないと言ってくれるのは、相談相手としてとても信頼できる。
「でもさ、運動部ってだけでマウント取られるんだけどさ、文芸部とか陰キャなイメージで、大人しいイメージあると思うんだけど、意外と野心的で負けず嫌いでさ・・・」
僕は高校時代を思い出す。
どれだけの運動部がプロになることを目指してやっているだろうか。多くの運動部はスタメンで出れるかどうか、何回戦まで行ければいいかどうかが目標だろう。多分。
「でも、漫画研究部とか、文芸部って、ガチでプロ目指している人、結構いるんだよね」
「へぇー」
「だから・・・・・・文芸部(笑)だったとしても、小説家になれたら、(笑)じゃなくなると思わない?」
そう、だから僕はいまだに小説を書いている。といっても、兼業だが。
「そうね」
妻は穏やかな顔をしながら、コーヒーを口に運ぶ。僕は食器を洗い終わり、仕上げに台拭きでシンクを綺麗にして、手を拭いて妻のいるテーブルの隣に座る。
「呪いの盾は実は、バッドステータスにするけれど、悔しさをバネに経験点2倍なんだ」
「おお、凄いね」
僕が演技っぽく誇張して言うと、妻も演技っぽく驚く。
自分でもわかっている。いまだに僕は誰かと比較して、誰かの目を気にしながら、小説を書いている。これは、納得いく結果が手に入るまで治らないかもしれないし、納得いく結果が手に入っても治らないかもしれない。学生時代のコンプレックスを引きずって馬鹿みたいだ、酒でも飲んで忘れようぜと言う人もいる。
「今の僕の小説は見たいと思ってくれる人たちがいる。でも、青山のサッカーをわざわざ見に行きたいって人いない」
「こらこら。他人を貶めるのはダメだよ? 悔しさをポジティブにでしょ?」
「へへっ、ごめんなさい」
このコンプレックスが僕の原動力だ。
僕はこのコンプレックスを愛している。そして、僕はこのコンプレックスを結果を出して、昇華させてあげたい。
大人になると、別に人と比べることも面倒くさくなって、ただのサラリーマンとして、社会の歯車になって、稼いだお金と与えられた休みで呑気に暮らすのだって幸せだと思う。
でも、僕は大人になっても何かに夢中になって、悔しいとか嬉しいとか思える人生が幸せだと思っている。それが、僕の幸せだ。だから、大人になってもコンプレックス(笑)なんて言ってくる奴は、そのまま成長をストップして、消費者に回ればいい。僕の人生に口出ししようがしまいが関係ない。僕の人生は僕の物、僕がやりたいことをやって、そんな人たちにも面白さを提供してやる。
とはいえ、僕も結婚した。僕の人生は、僕だけの物じゃなくなった。けれど、妻もやることをやってくれれば、応援するよと言ってくれた。本当にいい人が妻になってくれた。青山のおかげだ。
お気づきの人もいるだろうが、妻の旧姓は樋口。委員長の樋口だ。
そして、2話になって、20年も時間が進んで、1話にスマホ出てますけど?と思った人もいるかもしれない。それは、校閲をした妻から、今の若い人にも理解できる設定にアレンジした方がいいと言われて変えた次第だ。あの当時は、紙でしか受付をしていなくて、僕は必死に休み時間に原稿を書いていた。そしたら、青山が邪魔してきて、妻が助けてくれたのだ。ちなみに、妻は普段優しいなんて書いたけれど・・・結構気が強い女性だったというのは、ここだけの話。
「でも、書いている一番の理由は違うでしょ?」
「あぁ・・・君に喜んでもらいたいからだ」
僕は真剣な顔をして妻の顔を真っすぐ見つめる。
「そんなことを言っても、掃除当番はあなたよ?」
「ちぇっ」
それも僕の頑張る理由の一つだけれど、照れ臭いから拗ねた顔をする。
「一番は、書くのが好きだからだよ、もちろん」
そう言うと、妻は微笑んだ。
そうだ、呪いの盾なんて冗談で言ったが、僕は書くのが好きだから文芸部に入った。誰かに文芸部(笑)って思われると思春期の時は恥ずかしいと少し感じても、それ以上に僕は自分が創造したことを形にしたいと思った。
僕は文芸が大好きだ。
だから、今でも僕は小説を書いている。
「ただいまっ!!」
元気な声が聞こえて廊下を走る音が聞こえてきたら、息子がサッカーボールを持って、帰って来た。
「蓮、洗濯するから、早くシャワー入っちゃって」
「はいはい、お父さん」
「はい、は一回」
「はーい」
伸ばして言うなと突っ込もうと思ったけれど、蓮は悪戯っぽく笑って、シャワーに行ってしまった。僕が「まったく・・・っ」と呟くと、妻が笑っていたので、僕も笑う。
僕は会社員になり、夫になり、父になった。小説が書きたくても書けない時もあるし、兼業なんて言ったけれど、趣味の範囲に収まることが大半で、たまにお金になるくらいなものだ。書くだけでも満足と言えば満足だけれど、やっぱり頑張るからには賞を取りたい。
「よし、洗濯と掃除が終わったら、書いていい?」
「いいわよ」
「目指せ、甲子園」
「いやいや、カクヨム甲子園は参加資格ないでしょっ」
今の文芸部の学生が本気になれるプラットフォームが増えたことには嫉妬してしまうが、僕は僕。僕の人生だったから書けるはずの作品があるはずだ。
「負けないぞ」
「なんか、学生みたいね」
妻がコーヒーのカップを持って流しに向かう。
「なにが?」
「希望と夢に溢れている感じ。小川君のそういうところ、好きよ」
昔の自分のことを書いていたからだろうか。振り返った妻が一瞬学生の時の頃と重なった。
「やっぱりな」
僕は妻の笑顔を見て悟った。
「何よ、ニヤニヤして・・・えっ、ちょっとっ」
妻を思いっきり抱きしめた。びっくりする妻。「もー、急に止めてよ」なんて怒るのは少し怖いけれど、それでも大好きから止めない。
小説を書くのは小説を書くのが好きだから。
小説で向上しようとするのは、コンプレックスがあるから。
「愛してるよ、凛」
そして、小説を続けることができるのは彼女がいたから。
〇〇になったつもりで書くエッセイ もし私が文芸部だったら… 西東友一 @sanadayoshitune
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