〇〇になったつもりで書くエッセイ もし私が文芸部だったら…

西東友一

第1話

「オイっ、小川。何してんの」


 ヤバイ。

 僕は別に悪いことを全くしていないのに身体は硬直し、文字を打っていたスマホの画面が光っている。もっと暗くしておけばよかった後悔する。


「まさかエロ画像か?」


 そう言って、クラスメイトでサッカー部の青山くんが僕のスマホを覗き込む。ここは教室。だから、プライベートは合ってないようなものだ。だから、僕に落ち度があるとすれば、そんな場所で見られたくないものをスマホの画面に映していた僕が悪い。だけど、スマホを覗き込むなんて失礼なこと僕は避けるけれど、彼は当然のように人のプライベート空間に入って来た。


「どれどれっ」


「あっ、ちょっとっ」


 彼は僕からスマホを奪い取った。これも僕なら相手が嫌がるだろうからしない。運動部やお笑いが好きな人たちはそれで盛り上がるのが好きだろうが、僕はそういうノリが嫌いだ。お互いがお互いを尊重し、相手が嫌がりそうなことがしない。それが僕の人との距離感。なのに、彼は自分の距離感を押し付けてくる。


「おっ、小説か・・・えーっと、編集画面・・・?」


「ちょっと、返してよ」


 恵まれた体格の青山君がスマホを上に上げてしまうと、小柄な僕はまったく届かない。僕がサッカー部だったら、彼にサッカー部らしく彼のスネを蹴るだろう。他の部活だっていい。タックルしたり、脇腹をくすぐったり、鼻に指を入れたりする人もいて、それをじゃれ合いだと言って、楽しむ人もいるだろうし、他の人もおふさげの範囲だと思っているようだけれど、これは僕の距離感じゃない。相手が傷つくかもしれないことはしたくないのだ。


「お前、小説書いてんの? えーっと、なになに? 『エレナ姫、僕が迎えに来たよ』、『僕はそう言って彼女を優しく抱きしめた・・・』ヒューっ」


(あぁーーーーっ!!)


 青山君はニヤニヤしながら、僕を見てくる。そして、大きな声で読むから、周りの一部の人が僕らを見てくるので、僕は恥ずかしくて顔がとても熱くなる。

 

(あぁ、あぁ、あぁ…っ!!)


 まだ序盤の方が良かった。


(そうじゃない、あぁっ!!!!)


 カクヨムコンテスト、通称カクヨムコンに応募する作品のクライマックスを読まれた。いつもは文芸部の部室か家でしか書かないのだけれど、締め切りが近く、歴史の授業を聞いていたら、良いアイディアが浮かんで、メモだけにしておけば良かったのに、がっつりと無我夢中で書いていたら、まさか青山君が来るなんて・・・。


(今回が初めてだったのに!!)


 僕の母が言っていた話を思い出した。

 母はいつも車の制限速度を守っているのだが、僕の迎えが遅くなりそうだからと、初めて制限速度40キロのところスピードを出したら、お巡りさんに捕まったらしい。その時、母は『私、いつも守ってるんですよっ?」と言ったらしいが、お巡りさんは当然、ダメだと言って切符を切ったそうだ。僕も当然だ、と一蹴したがが、今なら母親を慰める言葉をかけたかもしれない。


「やめてったら・・・」


「『そして、二人は見つめ合い、自然と・・・顔が近づいて・・・』近づいてぇーーー?」


 僕を煽るように復唱する青山君。

 あぁ、本当に恥ずかしい。きっとご都合主義だとか思われているに違いない。いや、青山君のことだからそんなことまで考えていないかもしれないけれど、周りで聞いている人たちはそうかもしれない。ただ、そんな簡単な話じゃないんだ。クライマックスになるまで二人は素直になれなくて、すれ違いを何度も経験して、クライマックスだからようやくそういう関係になれたのに。僕の作品がフェイクニュースのように嫌な風に切り取られ、汚されて行くように感じた。


「うーん、ここ盛り上がりに欠けるな・・・おっ、こうすれば・・・」


 青山君はまさかの行動を取ろうとしていた。

 僕の書いていた小説を、僕の許可なく編集しようとしていたのだ。僕からすれば、スポーツをしている青山君の170センチを超える青山君の身長がまだ足りないと言って、180センチになる保障もまったくないのに足の骨を無理やり折って伸ばそうとする行為に等しい。


(いや、せっかく勝ち取ったPKを僕が蹴るみたいなもんか? いや、そんなもんじゃないから合っているっ!!)


 必死な僕の心のどこかに、ネタを探しているボクも、ポエマーな僕もいて、このとても不快な気持ちも忘れないように記録しようとしていた。そして、心の中のいろんな僕たちの結論は僕はスポーツ小説は苦手だ、ということだった。


「やめなさいよっ!!」


 僕と青山君は、女の子の大きな声に反応して、声がした方を見ると、そこには委員長の樋口さんがいた。樋口さんは僕らに近づいてきて、青山君の二の腕を掴んで下げて、僕のスマホを取り返してくれた。青山君も女の子に抵抗したら、女子からの人気が落ちるのを気にしていたのか、なすがままだった。


「はい、小川君」


 委員長は青山君を睨んでいたが、僕には優しい笑顔を向けてくれた。クラスでもムードメーカーと言われる青山君とマイペースで暮らしていた僕。今回の件は僕が正しいと思いつつ、誰も止めてくれなかったからみんな青山君の味方だと思っていたけれど、樋口さんが味方してくれてとても嬉しかった。


「ありがとう、樋口さん」


 僕が笑顔で樋口さんにそう告げると、僕が笑うのが珍しかったせいか、樋口さんが一瞬驚いた。それに気づいて、僕もやってしまったと思ったけれど、樋口さんは再び微笑んでくれた。それは、バカにした感じじゃなくて、とても心が暖まる笑顔だった。


「おおっ、こわっ。こわっ」


 そう言って、注意した樋口さんを悪者にして、自分は面白い人間だとアピールするかのように、大げさに青山君は仲良しのグループへと混ざり、そんな青山君を同じ運動部の子たちが笑いながら迎え入れる。信賞必罰とは言わないけれど、僕にとってあんなに嫌な思いをさせた人にも笑って迎え入れてくれる場所があるっていうのはなんだかとても悔しかった。


(悔しい・・・)


 僕はこの気持ちを忘れないようにしようと決めた。


「ねぇ、嫌じゃなかったら答えて欲しいんだけど」


 僕が青山君たちのグループを見ながら、拳を握り締めていると、樋口さんが恐る恐る僕に尋ねてきた。先ほどの怒った人とは本当に別人のようだ。


(本当に感謝しないといけないな)


 委員長と言え、漫画のように目を光らせて、樋口さんは口うるさいタイプではなく普段からとても優しい人だ。あんな怒る樋口さんを見たのは初めてだったし、きっと僕の嫌がる姿を見て、勇気を出してくれたのだろう。


「何かな?」


 僕は笑顔で返事をした。命の恩人に等しい樋口さんに聞かれたのであれば、好きな子でも即答するぐらいの気持ちでいた。


「小川君って小説ネットで投稿しているの?」


 僕の心臓はドックンと大きな音を立てた。


「うっ、うん。文芸部だからね。ネットの方にも書いてるんだ」


 変だと思われないか不安になりながらも、取り繕って答えた。


「へぇー、凄いね。今度読ませてよ」


「えっ!?」


 読者が増えるのは本当に嬉しい。PVやハートや星の数に一喜一憂する僕だ。1件増えるだけでもガッツポーズをしている僕だ。部長にも自信を持て、と言われているのだけれど、僕は先輩や同学年の部員にもネットのペンネームを教えていない。とはいえ、カクヨムという有名なサイトで書いているし、同じ文芸部でも使っている人がたくさんいるから、ランキング上位に入れば、書き方でバレてしまうかもしれないとも思っており、そんなバレ方をしたらいいなと思っていた。そんな僕がクラスメイトとはいえ、ほぼ初がらみの樋口さんにペンネームを教えるなんて・・・


「あっ、とりあえずSNSで教えて」


 樋口さんが青山君たちの方をちらっと見て僕を見たので、僕も青山君たちの方を見ると、わざとらしく耳に手を当てて僕らの話を聞こうとしていた。そして、「バレたかぁ」と言って、また盛り上がっていた。


(くそ・・・っ)


 それが、ちょっぴり羨ましいと思った。


「はいっ、小川君」


 そう言って、樋口さんがスマホのQRコードを出した画面を僕に提示していた。それを見たら、僕は青山君たちのことが羨ましい気持ちは無くなった。僕はスマホの画面を操作し、


「あっ・・・」


「どうしたの?」


 樋口さんは画面を見ていいのかどうか悩みながら、僕の顔を覗き込んだ。

 樋口さんの顔が近いのは、いつもなら嬉しさと恥ずかしさで心が満たされるだろう優先案件だ。でも今は最重要案件が目の前にあった。僕は慌ててスマホで変な編集がされていないか見た。パッと見は大丈夫そうだけれど、ふざけていた青山君が何をしたかもわからないし、もしかしたら、本人が気づかないうちに変なところに一文字入れてしまったかもしれない。1話5千字書いていたが、それを入念に校閲しなければならない。


「私ね、小説読むの好きなんだ。それに校閲も得意だよ?」


 樋口さんとは、本当にほぼ初がらみだ。

 そして、今回のカクヨムコンはかなり力を入れて、初めて書きあげた10万字を追える長編作で、自分のベストを出したいと思っている。そして、それを知り合いに見せるのはとても恥ずかしい。


「お願いしてもいいかな?」


 だけど、僕は別のチャンスも感じて、そんなことを口走っていた。

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