第41話 道は続くが幕は下りる

 がくがかくれんぼに強かったのは、人形を使っていたからではないか。それに自分の気配をうつしてばらまくことで、常暁じょうしょうに無駄足を踏ませ時間切れを狙う。それが学の必勝法だったのではないか。


 それに思い至った常暁は、自分以外の気を入れた人形を持ち歩いてみた。聖天せいてんが単純な視覚ではなく、霊気で常暁を見分けているのなら、目くらましになるのではと期待して。


 その読みは当たった。だから今回、紀子のりこと対峙するにあたっても人形を利用することにした。自分の気をたっぷり含ませた人形を作り、身につける。そして機会があれば人形だけを残して身を隠し、聖天に人形を攻撃させる。常暁が死んだと思い、聖天が立ち去った時点でこそこそと逃げ出す。これが今回の計画だった。


「あの女の茶をひっくり返した時点で逃げ出したわけね。うまくやったわ」

「それでも、あなたの協力がなければ見つかっていたでしょう。感謝します、訶梨帝母かりていも


 行者の絶対的守護神、訶梨帝母。一般には鬼子母神の名で知られている。豊満な体を薄衣でわずかに隠しただけで、彼女の体からは色気が漂ってきていた。今まで会った女神ほど顔立ちは整っていないが、目をそらせない何かを持っている。


 彼女はもともと強い神だが、今回声をかけたのには理由があった。


「構わないわよ。こいつらは私の敵。術にも自然と、力が入っちゃうじゃない」


 彼女は以前、鬼であった。その時代に五百人もの子を持っており、仏教に帰依してからは一切の子供の守護神となっている。そんな彼女が今回の事件のことを聞きつければ、必死になるのは当然だった。その気力があったから、聖天からも常暁を隠し通すことができたのだろう。


「私を褒めるより、さっさと帰りましょ。ようやく死んだことにできたんだから、自由を満喫しないと」

「……そうですね」


 これから常暁は、常に複数の人間の気が入った人形を携帯する。少なくとも、数年は聖天の目をごまかせるだろうと思っていた。完全に解決したわけではないが、大きな進歩だ。


「さあ、これからたっぷり大人の時間を過ごしましょうね。精を搾り取ってあげるから覚悟しなさあい」

「私はあなたのことを姉と思っておりますので、そういうことは勘弁願います」


 常暁はつっこんでくる訶梨帝母を振り払った。この神、仏の道に入っても生臭いところがあり、行者と肉体関係を持ちたがることがある。ここでうっかり据え膳を食ってしまうと鬼道に落ちてしまうため、決して一線を越えてはならないのだ。


「……これさえなければ、もう少し付き合いやすいんだが」

「何か言ったあ?」

「いえ、行きましょう」


 常暁は早足で外に出た。外に出るなり、あちらこちらの物陰に刑事がいることに気付く。これみよがしに制服を身につけてはいないが、彼らの目つきの鋭さは隠せない。刑事たちの中心にいて、こちらにまっすぐ視線を向けているのは──もちろん黒江くろえだ。


「あら、いい男じゃないのお」


 訶梨帝母がさっそく、黒江にしなだれかかった。黒江は彼女に会釈する。


「お初にお目にかかります。なにやら、故郷の母を思い出しますね」

「「……チッ、引っかからなかったか」」


 常暁と訶梨帝母の声が重なった。


「人を呪わば穴二つですよ」


 黒江にたしなめられたのが恥ずかしかったのか、訶梨帝母はさっさと消えてしまった。残された常暁は無言を貫く。


「──で、終わったんですか」

「ああ。一家全員死んだよ。後味の悪い結末だ」


 黒江はそれを聞いても、ほとんど表情を変えなかった。だいたい予想していたのだろう。


「やはり、未解決事件として処理されるのか」

「そうなりますね。烏賀陽うがやはすでに身柄を拘束されていますから、一連の事件に組み込むのは無理でしょう。全く、聖天とやらのせいで手間が増える」


 黒江が愚痴る。公安の中には不可解な事件ばかり追う部署があると聞いたから、今回の件もそこが担当するのだろう。


「死に様はどうでした?」

「二人は、寝床の中で口から血を吐いていた。これは病死か毒殺にできるだろうが、残りの一人は頭が丸ごと吹っ飛んでる。今回は死体が残ってるぞ」

「それではその一人は猟銃自殺にするか、爆弾で死んだことにするか……まあ、検死官が辻褄あわせをするときは、私も手伝いますよ」


 またこれで、黒江に借りを作ってしまうことになる。常暁は苦い思いを抱いたが、今は黙ってうなずくしかなかった。


「……これで安心してもらっては困りますよ。これからなんでしょう? 聖天の仕返しとやらは」

「ああ」


 常暁を葬ったが、それでよしとするほど聖天は優しくない。紀子の家族を殺したように、必ず関わったところにも罰を振りまく。


 といっても常暁が関わったところなど、そう多くない。最も縁が深いのは、寺と警察だから、そこには守りの術を施してあるのだが──


「そうなると、一番危ないのは鎌上かまがみくんのマンションってことになりますね」

「あいつは三代川みよかわが連れ回してるんだったな。残りの住民はどうなった」

「心配しなくても、すでに避難や転居の手配はしましたよ。条件の良いところを紹介されて、かえって喜んでいる人もいたくらいです」

「そうか。早いに越したことはない。聖天は──」


 常暁がつぶやくと同時に、街の一角から火柱があがるのが見えた。


「……さっそくですか。まだまだ、奴は元気そうですねえ」


 黒江はいつもの顔で言ったが、彼の顔からは余裕が消え失せていた。




「──あかしから珍しく手紙が来たと思ったら、なんなのかしらこの内容」


 とある冬の昼下がり、七海紗英ななみ さえは自宅で首をひねっていた。ワイドショーで連続殺人犯の特集ばかりやっていたので、気分を変えようと手紙を開封したのだが……それには不可解なことが書き連ねられていた。


〝姉さん、元気ですか。あまりに状況が変わってしまったため、自分の頭を整理するためにこれを書いています。


 とある知人に誘われて一晩飲みに行き、翌日家に帰ったら、マンションが爆発して更地になっていました。なんでも、ガス管が爆発したみたいで、死者が出なかったのは奇跡と言われているそうです。


 そんなわけで財布とスマホ以外の全てを失ったため、警察に住むところを手配してもらいました。新しい住居は3LDKで駅から十分、ジムつきというあまりに好条件なのですが、家賃は今までと一緒でいいそうです。自分でも書いていてわけがわかりませんが、事実です。


 家に電話がまだないので、スマホが通じないときのために、大家さんの電話番号を書いておきます。大家さんは母娘で、娘さんの方が僕を飲みに連れ出してくれた人なので、いつかお礼を言ってください。


 余談ですが、娘さんは大変な美人です。そのため僕の部屋には定期的に脅迫文が投げ込まれたり怖い顔のお兄さんが来たりしますが、今のところ大怪我はしていません。


 現状はこんなところです。もう少し落ち着いたら江里えりと遊びたいと思っているので、また連絡します。〟


 灯は疲れているのだろうか。マンションがガス爆発に巻き込まれたことは知っているが、その後のくだりは完全に意味不明だ。


〝追伸

 この前ピエニに同行した坊主とは、決して関わってはいけません。絶対にひどい目にあいます。僕が証人です〟


 確かに美形の僧侶と会ったが、彼がガス事故に関わっているとはとても思えない。灯は、あらぬ妄想を抱いているのではないだろうか。


「事故のストレスが、今更出たのかしら?」


 一度、弟と会ってきちんと話をしなければ。そう思いながら、紗英は手紙を丁寧にたたんだ。

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子食いの獣~捜査一課に呪いを添えて 2~ 刀綱一實 @sitina77

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