後編 女神様の願い
5年後。
俺は多くの弟子を抱える異世界一の佃煮職人になっていた。
まあ、この世界に佃煮屋なんて俺一人しかいないので、当然と言えば当然なんだけど……
今日も弟子たちと一緒に佃煮作りに励んでいた。そんな時——
ひとりの美しい女性が俺の前に現れた。
俺はその顔に見覚えがある。いや、忘れるはずがない!
「あ、あなたは女神様じゃありませんか!」
「お久しぶりですね。実は私、時々こうやって、人間界に遊びに来ているのです」
いたずらっ子のような微笑みを浮かべる女神様。
「あなたが作った佃煮をいただきました。とても美味しかったです!
どうやらこの女神様、日本でウチの店の佃煮を食べたことがあるようだ。毎度ありがとうございます。
「今から約50年前、全国女神労働組合の研修で日本に行った時に食べた、あの味に相違ありません!」
女神って、管理職じゃないのか…… なんてことはどうでもいいや。
なんだよ…… 俺をこの世界に転生させたのは、単に佃煮が食べたかっただけなのかよ。
そんな俺の考えに気づいたのか、女神様はふふっ、と笑い、なんと、
「これまでの功績を称え、あなたにジョブチェンジする特典を与えましょう」
と、おっしゃったではないか。
「あなたは沢山の弟子を育てました。佃煮の加工はあなたがいなくても大丈夫でしょう」
「えっと…… やっぱり女神様は単に、俺の佃煮加工技術が欲しかっただけなんですか? 日本の神様から技術の
『あっ、マズイ』みたいな顔をした女神様が俺の言葉を
「あなたは今日から『生産職』です! 職業は『米農家』です!」
若干笑顔を引きつらせながら、女神様は叫んだ。
「あの…… この世界にも米農家は沢山いると思うんですけど。いいんですか?」
「この世界のお米って、地球で言うところのインディカ米しかないのよね。ほら、粒がパラパラした感じのヤツ。チャーハンにするんなら、それでもいいんだけど……」
「何の話をしてるんですか?」
「お米の話ですけど?」
「いや、そういうことではなくて……」
「そうそう、ジョブチェンジの話でしたね。やっぱり佃煮と一緒に食べるなら、日本のお米がいいじゃないですか。そういうわけで、あなたの職業は今日から『ジャポニカ米農家』です。
「また言葉の最初の方に余計な情報が増えてる気がしますが……」
「ちゃんと補足事項に、『魚沼産以上の品質』と書き込んでおきますからね」
「……舌が
「ああ、それから。お米が上手に作れるようになったら、次はタマゴ生産者になってもらいます。やっぱり日本食からタマゴ焼きは外せませんからね」
満足そうな表情でそう言い残すと、女神様の姿が俺の前からあっと言う間に消えて無くなった。
なんで俺が異世界で米を作るんだよ。心当たりが全くない…… こともない。
実は母の実家が米農家で、田植えと稲刈りの時期には、毎年手伝いに行かされていたのだ。
でも俺、トラクターとかコンバインに乗ってただけなんだけど…… いいのかな?
俺がこの世界に来た際、女神様が言っていた『私の願い』とは……
この世界で日本食を食べることだったようだ。
何だよそれ…… ちょっとはこの世界の平和とか願えよ。
信者の人たちに言いつけてやるからな。
どうやら異世界で俺を待っていたもの、それは——
勇者や賢者のようなカッコイイ役割ではなく、日本食をこよなく愛する女神様のお世話係だったようだ。
きっと称号は『日本食の再現者』とかなんだろうな。俺は産業スパイかよ。知的所有権とか主張されても知らないからな。
水産系佃煮職人に、ジャポニカ米農家。なら次はきっと
しかし……
「『天職』をそんなにコロコロ変えてもいいのかな……」
気づけば俺は、誰に語るわけでもなく、ひとり言をつぶやいていた。
すると——
『良いのです!』
天空から女神様の声が聴こえてきた。そして——
『なにせ 『テンショク』 って言うぐらいですからね!』
は? …………あっ!
「それは『天職』じゃなくて、『転職』でしょ!」
きっと女神様は今頃、『私、上手いこと言ったわ』みたいな顔してるんだろうな。
職業じゃなくて女神様をチェンジしてもらえないだろうか……
天職 〜女神様の願い〜 大橋 仰 @oohashi_wataru
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