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 時系列が前後して申し訳ないが、生徒会に入る前のことだ。


 ゴールデンウィーク前、四月の終わりくらいだったか。生徒会選挙が終わって、二年の教室へ向かうのにも慣れてきて、今年も文芸部でだらだらして、俺みたいな脇役はそんな感じで特に目立つこともなく一年を過ごすのだろうと考えていた。


 その日、帰宅した俺は生徒手帳をなくしたのに気づいた。

 制服の胸ポケットに放り込んだまま取り出すこともないので、何処でなくしたのかは自分の記憶と相談すればある程度は見当がつけられた。

 部室で、ブレザーをパイプ椅子にかけたときだ。暑かったから上着を脱いで、部員とネット小説の話題で盛り上がってたような気がする。


 非常に焦ったのを覚えている。

 何故なら俺は西暦が二千を越えてから二十年以上経つというのに、生徒手帳に写真を挟み込んでいたからだ。厳密にはデジタルカメラのデータをカメラ屋でプリントアウトしたもので、しかも俺が撮った写真じゃないし、俺が印刷に出したわけでもないのだが……とにかく、生徒手帳に写真を挟んでいた。


 理由? 特にない。もらった写真を、どっかに飾っておく気になれなかったし、机の引き出しにしまい込むのも少し違う気がした……そんなところだ。半分以上は「なんとなく」である。


 翌日、放課後になって部室に行くと、生徒会長の生島一成が待ち構えていた。

 やつは俺の生徒手帳を手に持ち、俺にだけ見える角度で厭ったらしい笑みを浮かべ、俺にだけ聞こえるように言った。


「保険医の福山先生って、旧姓なんだってな。現姓は桃井だっけ。あれ? おやおや、どっかの誰かと同じ名字だな。ああ、もちろん実は桃井英志の年齢が十八歳以上で、福山先生と結婚してるなんてことは言わないよ」


 みどりさんと結婚したのは、俺の兄貴だ。

 幼馴染の二人と、年の離れた俺。

 俺が小学生の頃には、兄貴もみどりさんも成人していた。


 胸の中に勝手に芽生えていた気持ちは――ただ持て余し、いずれ風化するまで持ち運ぶ以外になかった。だって、他にどうすればいい?


「心配するなよモモちゃん。別に、誰が誰を好きであろうが、俺は自由でいいと思う主義だ。誰かを好きだからって、愛を告白しなきゃいけないわけじゃない。だけどモモちゃん、弱味を持ち歩くのは、冴えてないぜ」


 ククク、と悪役みたいに声を漏らす。

 そうして会長は俺の肩をぽんと叩いて、続けた。


「ああ、そういえば我が生徒会ではメンバーを募集してるんだ。どうかな、そこそこ大変だけど、内申書には良い感じなことを書けるっていう利点がある。それから、察しの良さそうなモモちゃんには言う必要ないだろうけど、断られると俺はショックを受けるだろうな。ショックを受けると、俺は口がちょっと軽くなる」


 ちなみにというか――。


 あとから聞いた話になるのだが、生島一成が生徒会のメンバーを探すにあたって、二階堂・グレース・春香に相談していたらしい。

 もちろん会長と二階堂の間ではろくな会話は成立しなかっただろう。実際、大した話はできなかったと後から会長に聞かされた。


 ただ――そのとき二階堂は床に落ちている生徒手帳を見つけたのだという。

 彼女はそれが会長の落とし物だと思った。座っている椅子の近くに転がっていたそうなので、誰でもそう思うだろう。

 前日に座っていたのが俺だったなんて二階堂は覚えていなかっただろうし、生徒手帳を落としていたことにも気づいていたわけがない。


 しかし、である。

 結果的に会長は目的の人物を探し当てることに成功した。

 便利に使える走狗いぬを。


 二階堂・グレース・春香は探しものが上手いのだ。



◇◇◇



 蛇足を少々。


 後日、なんとなく気になって軽音部に顔を出してみた。

 結城はやっぱり部室にいたし、一年の木村日向の顔はこのとき初めて見た。修理された備品のギターはまだ使っていたが、「やっぱり自分のギターが欲しい」というようなことを言っていたので、もしかすると来年は彼女が結城のような役回りになるのかも知れない。かわいそうに、と胸の内だけで同情しておいた。


 損をする役回りのやつは、嫌いじゃないけどさ。


 せっかくだからと結城が言って、アンプを通したエレキギターの演奏を聞かせてくれた。なんか有名そうなギターのインストだ。

 素直に格好良かったのでそう言ったが、木村日向にリアクションが薄いと怒られてしまった。先輩はホントに凄くカッコイイんです、とのこと。


 だって、第一印象があれじゃんか。

 床にぺたんと座り込んで、呆然としてる、アレ。


「そんじゃあ、まあ、頑張って」


 と、適当なことを俺は言った。


「そっちもね、副会長」


 と、結城は言ってギターを鳴らした。

 たぶん、Gコード。

 知らんけど。



◇◇◇



 そうしてまた別の日。

 放課後に生徒会室へ向かい、ドアを開ける。

 会長がいつものニヤニヤ笑いを浮かべて言う。


「仕事があるぜ、モモちゃん」


 まあ、いいけどさ。

 そんなわけで俺は涼が用意してくれたインスタントコーヒーを啜りながら、やれやれと溜息を吐き出しておくのだった。





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二階堂・グレース・春香は捜しものが上手い -桃井英志の場合- モモンガ・アイリス @momonga_novels

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