09





 生徒会室に戻ると、メンバーが全員揃っていた。


 会長の生島一成は上座で書類に目を通していたし、土門鳩子は会長に渡す分の書類をチェックしている。その隣の佐久間なぎさは相変わらずノートパソコンをカタカタ鳴らしていて、小沢涼は戻ってきた俺にコーヒーを用意してくれていた。


「その様子だと軽音部の件は片付けたみたいだな。モモちゃんは仕事が早くて助かるよ。それに、他人に仕事を振るのにも躊躇しなくて高評価だ」


 にんまりと口端を釣り上げながら、会長は自分のスマホをひらひらと見せびらかすようにした。

 そう、昨日の時点で会長には「軽音部の部長に、誰かに鍵を貸したかどうか確認してくれ」と連絡しておいたのだ。面識のない俺が三年の教室に行くと悪目立ちするだろうし、会長は外面が良いので適任だろうとの判断である。


 はたして会長は放課後前には俺に連絡を寄越していた。

 軽音部長は、先週の土曜、森継忠に部室の鍵を貸していた――とのこと。


 結城由紀に対してはわざとらしく推理モドキを展開して見せたが、答えの半分以上は知っていたのである。


 ミステリ的には反則?

 推理になってない?

 知るか。答えが知りたきゃ、答えを知ってるやつを見つければいい。

 職員室で鍵が借りられていないかを確認して、鍵を持ってるやつに借りたやつがいないか確認して、ギターを持ち去った犯人に動機を確認させた。


 謎なんてなにもなかった。


 ただのホウレンソウ不足だ。

 この世のどこにだって満ち溢れている事柄の、そのひとつ。


「とりあえずトラブルには発展しないように収めたつもりっすけど、気になることがあります。ふたつほど」


 コーヒーを啜ってから、俺はひたすらニヤつく会長に問いを浮かべる。


「ひとつめ。どうやって『軽音部がトラブりそう』だなんて知ったんすか? 今回の件、マジで身内の中でも三人しか知らないような話だったんすけど」


「ぶっちゃけ、細かいことなんか知らなかった。そうだな……モモちゃんに判りやすく言うなら、夢の中に喋る猫が現れて、お告げをくれたって感じだな」


 にんまりと口端を釣り上げる。

 そんな会長よりも、それを土門先輩がなんとも言えない微笑ましさで見ているのが俺の神経を微妙に苛立たせてくれた。いやいや、今のはそんなカッコイイ場面じゃなかっただろ。なんで惚れ直したような顔をしてんだよ。


 くそっ、さっさと付き合えよ、幼馴染同士で。

 ちょっとやらしい雰囲気にしてやろうか?


 つーか、涼の予想がまんま当たってんじゃねぇか。

 全く納得いかないのがムカつく。


 思わず「ちっ」と舌打ちが洩れてしまったが、会長は嬉しそうにニヤつくばかりだ。俺はまたコーヒーを啜り、続ける。


「ふたつめ。そもそも――俺が絡まなくても、軽音部のトラブルなんてなにもなかったんすけど。なんで俺を出張らせたんすか?」


 その疑問符を先においてから、俺は今回の話をざっくりと説明する。もう終わった話なので、本当に概要だけだ。二分もかからない。


 けれども――もし。

 軽音部室のドアを開け、ぺたんと床に座り込んでいる結城由紀を発見しなかったら……はたして、どうなっていた?

 別に、どうにもなっていなかっただろう。

 放っておけば森継がギターを戻してる。


「うーん……モモくんは、そういうところが全然ダメね」


 穏やかにダメ出しするのは、土門先輩だ。

 重ねたプリントを揃えながら微苦笑を浮かべている。


「人には得手不得手がある。私もそういうのは苦手」


 ノートパソコンから視線を外さずに雑なフォローをしてくれたのは佐久間先輩。現代型の座敷童みたいな彼女がコミュニケーション強者だとは全く思わないが、そんな彼女のフォローなので素直に受け取っておくことにする。

 いや、あんたはそもそも他人の機微に興味ねぇだろ、みたいなツッコミは心の棚にそっと上げておこう。

 いずれ過積載になるだろうから、そのうちなんとかしたいが。


「それはモモちゃんの自己評価の問題でもあるな」


 と、ニヤついたままの会長が言う。


「自己評価?」


「そう、自己評価。『自分がいなくても結果は同じだった』『だから自分がやったことに意味はない』ってことだろう? 違うよ、意味もなくモモちゃんを軽音部に向かわせたりするわけがない。もうちょっと自分と俺を信じろよ」


「難しい問題っすね。特に後者が」


「俺の能力を信じろ」


「それなら妥協します」


「よし。それじゃあ、軽音部の副部長は、なんて言ってた? 思い出してみろよ」


「…………」


 言われて、結城由紀の言葉を思い出す。

 あの、ちょっと気楽になったというような表情と一緒に。


 ――気分は、違うよ。


 そうだ、そんなことを言っていた。

 だったら俺が出張った意味はあったってことか。

 けど、よく判らない。


「考えてもみろよ、軽音部の備品のギター、それなりに高いんだろ。それが目の前で壊されて、翌週に修理に出そうって話だったのに、部活に出てみたらギターが消えてるんだ。気を利かせたつもりでも、勝手にギターを持っていくことはないだろ」


 そりゃそうだ。

 なんで連絡しないんだよ。


「なあ、モモちゃん。モモちゃんならどう思う? いきなりギターが消えてて、次の日には『イイコトしてやりました』って顔して修理済みのギターを持って来られたとしたら、どんな気持ちになる?」


 そんなもん、決まってる。

 勝手に気持ちよくなってんじゃねーよクソッタレ、だ。


 言葉では答えず胸中で考えた俺に、会長はニヤニヤ笑いを見せたまま、ものすごく満足げに頷いた。夜中にラーメン食ったような顔だ。


「モモちゃんが行かなかった場合、軽音部の副部長は――だろうな。今でも軽音部はそれほど活気のある部活じゃないのに、まともに活動していた副部長までゴーストになると、どうなる?」


「やる気が、なくなる……」


 そりゃそうだ。

 やってらんねーよと思っても仕方がない。行動に悪意はないとはいえ――いや、だからこそ、か――今後も似たようなことが起きて、悪意がなかったんだからと許すしかない、そんな未来をリアルに予想できたら。

 独りで真面目に部活に来るなんて、アホらしくなるに決まってる。


「よく頑張ったな。モモちゃんが律儀に軽音部に顔を出してくれたおかげで、モモちゃんの方が起こった出来事に嫌そうな顔をしてくれたおかげで、軽音部の副部長のやる気はなくならなかった」


 副部長がいないと文化祭で軽音部がライブやることすら覚束ないだろうな――なんて会長は言うが、俺としては気の重くなる話だった。


 結局、結城由紀が身を置いている環境は変わってない。

 あいつがやる気を失う前にいちいち顔を出してやればいいだろ、なんて考えるほどに俺は自惚れていないし、それだと物事が解決しない。


「へいへいモモちゃん。ちゃんと思い出せよ。一年の子、いたんだろ。今はまだどの部活でだって半分くらいは『お客さん』だけど、今後はちゃんと部員になってくれるさ。ひとまずは、危機を乗り越えた。トラブルは未然に防いだ」


 それでいいだろ。

 もうニヤつくことすらしないで話を締めた会長に、俺は特に言うべきことも見つけられず、やっぱりやれやれと溜息を吐いてコーヒーを啜るしかなかった。


 まあ……いいか。

 気分は違うって本人が言ってたんだから。


「そういう意味では桃井も小沢も、そろそろ『お客さん』は卒業していい」


 話の最中もキーボードをカタカタ鳴らし続けていた佐久間先輩が、ふと手を止めてこちらへ視線を向けた。


「生島はこんな偉そうだけど、完璧に物事をこなせるわけじゃない。私もそう。鳩子だってそう。でも、やるべきことがあったら、取り掛かって、やる。桃井も小沢も、その資質は見せた」


「モモくんは一成の『おつかい』をちゃんと出来たし、涼くんは大雑把な指示を自分で噛み砕いて、判らないことはわたしたちに聞いて、仕事を済ませたものね」


 話を引き継いで穏やかに微笑むのは、土門先輩。

 そして――それらを受けた形で、会長がすっと立ち上がる。

 いつも見せていた厭らしい表情はなく、ごく真面目な顔をして。


「改めて、だな。二人をスカウトして引き込んだのは、正解だったと俺は思う。だから、改めて、きっちりお願いをしようと思う」


 深く頭を下げて、生島一成は言った。


「桃井英志、小沢涼。これからも生徒会の一員として、一緒にやってくれ」



◇◇◇



 白状しよう。

 うっかりやる気が出た。

 もちろん噴き上がったわけじゃないけど。

 やってらんねーよ、って感じでは、なくなってしまった。


 まったく――やれやれだよ、ホントに。






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